60年代にTVドラマ「ルート66」が始まった。バドとトッドのコンビが冒険を求めてアメリカ中のハイウェイを走っていくという、結構シリアスなドラマであった。その車が、シボレー・コルベットであった。
最新の2014年型 シボレー・コルベット
若者が車で旅するなど、思いも及ばぬ時代だあっただけに、余計に憧れもあって人気があったのでしょう。私もそれにいかれた口ですね。
Wikipediaには、この様に書かれている。
国道66号線(こくどう66ごうせん、U.S. Route 66)
アメリカ合衆国中東部のイリノイ州シカゴと、西部のカリフォルニア州サンタモニカを結んでいた、全長3,755km(2,347マイル)の旧国道。1926年指定。州間高速道路の発達によりその役目を終え、1985年に廃線となった。
ルート66(Route 66)とも呼ばれ、大陸を横断するこの道はアメリカ西部の発展を促進した重要な国道であり、映画や小説、音楽などの中に多く登場し、今なおアメリカのポップ・カルチャーの題材にされている。
地図上のルート66
文学で現れたルート66
開通当時は、ルート66は孤立していた各州を結び、アメリカ経済の急成長の立役者であった。
1940年、カリフォルニア州の作家ジョン・スタインベックは『怒りの葡萄』を発表した。
大学生の頃読んだ。重たく暗い小説だと思いましたね。私は、ジョン・スタインベックより、ウイリアム・フォークナーにいかれており、彼の作品は大部分読んだ。しかし、今は何も憶えちゃいない。情けない限りだ。
この小説には、1930年代にオクラホマを襲った大規模な砂嵐「ダスト・ボウル」とそれにより故郷を追われ、カリフォルニアに移住するために西進するオクラホマの貧農が描かれた。
作品中、一家は偏見や貧困といった様々な問題を乗り越え、明るい未来を求めて西へ西へと進み続ける。
この小説の中で、スタインベックは西へと向かう道の描写に1節を費やし、節の内容をオクラホマシティと国道66号線に集約させた。
この作品の中では、国道66号線は「マザー・ロード」と記された。この「マザー・ロード」は、現在でもこの国道の別名として残っている。
そう、母なる道であり、人生をゼロからやり直そうという希望の道だったのである。
どこまでも、どこまでも真直ぐに続く1本の道路。その先には、希望がかすかに見える。
現在の状況は、このように述べられている。
1985年に、高速運転可能でかつ大量輸送のできる州間高速道路に取って代わられ、地図上の大部分からその名前を消してからも、根強いファンたちによって次々と「ルート66」の跡が次々と発見され、昔のままの建物復旧作業を行うなどの保護活動が続いています。
現在旧国道66号線(Historic Route 66)は、国指定景観街道に指定されています。
アメリカの文化遺産の1つですね。
こんなモーテルなどに泊り、
ひたすら車を走らせ続けたいと夢想する。 その果てには、何もなくって良いのだ。
ルート66の主題歌を聞きながら・・・。
ただひたすらに、一本の道路を走りつづけてみたいと思ったのであった。
今回はこれでおしまい。
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