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2015年10月30日金曜日

桜井 久延彦神社と大美和の杜

奈良山の辺の道 桜井編の3回目である。今回は、久延彦神社大美和の杜の紹介。久延彦神社は、前回紹介した狭井神社の隣にあるが、その周辺が大美和の杜となっている。一緒に写真紹介したい。

久延彦神社であるが、この神社は大神神社末社になる。Wikipediaの記事は、大神神社の記事に含まれていて、つぎのように素っ気ない。
  • 久延彦社 - 祭神:久延毘古命。合格祈願の神社
ご祭神の久延毘古命(くえびこのみこと)らしき画像は見つからない。しかし、こんな案山子の画像ならばある。


Wikipediaの解説によるとこう書かれている。

大国主の国づくりの説話において登場する。『古事記』によると大国主の元に海の向こうから小さな神がやって来たが、名を尋ねても答えず、誰もこの神の名を知らなかった。そこでヒキガエルの多邇具久が「この世界のことなら何でも知っている久延毘古なら、きっと知っているだろう」と言うので久延毘古を呼ぼうとするが、久延毘古は歩くことが出来ないという。大国主らが久延毘古の元へ行くと、それは山田のそほど(かかしの古名)であった。久延毘古に訊くと、「その神は神産巣日神の子の少彦名神である」と答えた。
久延毘古かかしを神格化したものであり、田の神、農業の神、土地の神である。かかしはその形から神の依代とされ、これが山の神の信仰と結びつき、収獲祭や小正月に「かかし上げ」の祭をする地方もある。また、かかしは田の中に立って一日中世の中を見ていることから、天下のことは何でも知っているとされるようになった。

ということで、やまだのな~かの一本足の案山子の神でした。いつものセリフだが、知りませんでした。

桜井市のホームページでも同様に、

受験・進学・就職等の成就をお守り下さる「知恵の神様」。「願掛け絵馬」が数多く見られる。

とあって、所在は大神神社の境内の内と記されている。そうなのであった。狭井神社もこの久延彦社境内社なのであった。大神神社の境内は、如何に広いかがわかる。

このような方向指示板があるので、それに沿って山道を上る。


そうするとすぐに見晴らしの良い展望台にでる。ここら辺一帯が大美和の杜である。眼下に広がる大和平野を一望できるパノラマで知られている。奈良県景観遺産に指定されている。確かに見晴らしはよいのだが、生憎曇りがちで余りクリアーには見えない。それでも、大神神社大鳥居は、はっきりと見える。大和三山が見えるとのことだが、どれがどれだかわからない。




展望台には、このように椅子が設けられているので一休みするも良し。


展望台は細長い形になっていて、


背景になっている神体山である三輪山を、この場所から望むことができる。木が一寸邪魔になっているね。


しばらく山道を上ると久延彦神社に到着。
 

 
崖の上に建設されたという感じの神社です。拝殿社務所
 

神社前の境内は、狭いのだが展望台のようになっていて、やはり大和平野を見渡せる。



このような石段を登って神社を参拝することもできる。


 
その石段の参道前に立つ鳥居。
 


参道途中にある鳥居。

この神社は、智慧の神様を祀っているゆえ、合格祈願などの絵馬が鈴なりに掛けられている。


また境内には、神山遥拝所があり、その社が設けられている。三輪山ははっきり見えませんでした。

お詣りを終えてから、山道を下りながら大美和の杜を散策する。


その途中には、このような竹林の道もある。


そして、山の辺の道へと歩を進めるのであった。


今回はこれでおしまい。

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