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2015年6月5日金曜日

清荒神清澄寺

久々のお寺の訪問記である。先月の13日に講義を終えてから、清荒神清澄寺に行った。若いころ宝塚に住んでいたので、思い出のお寺巡りという訳である。阪急石橋駅から宝塚線で清荒神駅下車。時間は5時25分なので、ちと遅すぎたね。

この駅だが、30年前とあんまり変わっていないように思う。小さな駅です。


駅を降りてから、参道を登っていくのだが、最初に現れたのがこの石の鳥居。

日本最初笑門平和 萬霊殿とある。神社である。 



神道大教院の流れをくむ神社。震災後に復興された小さい神社で、御祭神は沢山おられる。

神社の賽銭箱上に初穂米が置いてある。それがこの神社の特徴になっている。
神社のホームページより:

当社をご参拝の方のため、賽銭箱上に、ご祈祷した初穂米を置いております。
普通のお米と一緒に炊いて食べて頂ければ結構です。
お一人様ひとつづつお持ち下さい。(無料)


という事です。さらに詳しいことは、萬霊殿ホームページを見られたい。

やや寂れた商店街をぬけると、黒塗り金箔の「日本第一 清荒神」と書かれた額のかかった鳥居前にでる。この鳥居が清荒神参道の入り口になる。


清荒神は、火の神・台所の神様、荒神さんとして有名である。かまどの神さんです。
 


参道案内図

案内図のような山道を通って清澄寺へと至るのである。お寺までは、結構な距離がある。

ここで、Wikipediaによる清荒神のお勉強。

清荒神清澄寺
Kiyoshikojin05s2000.jpg
拝殿前から本堂、鉄斎美術館(奥)を望む
所在地兵庫県宝塚市米谷字清シ1番地
位置北緯34度49分19.7秒
東経135度21分09.3秒
座標: 北緯34度49分19.7秒 東経135度21分09.3秒
山号蓬莱山
宗派真言三宝宗(大本山)
本尊大日如来(重要文化財)
創建年寛平8年(896年)
開基静観僧正、宇多天皇(勅願)
別称清荒神
札所等真言宗十八本山 第3番
摂津国八十八箇所 第72番
神仏霊場巡拝の道 第79番
西国七福神
文化財木造大日如来坐像(重要文化財)

清荒神清澄寺(きよしこうじん せいちょうじ)

庫県宝塚市にある真言三宝宗の寺院(大本山)。摂津国八十八箇所第72番。
896年(寛平8年)に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により建てられた。本尊は大日如来。鎮守社として三宝荒神社があり、竃の神の荒神などを祀る神仏習合から「清荒神清澄寺」の名称がある。

三宝荒神像


開創の際、荒神がお姿を現されたと伝えられる。この霊験の報告を受けた宇多天皇は大変感銘され、「日本第一清荒神」の称号を下賜された。

当時は何の知識もないので、神社とお寺の取り合わせに違和感はなかったが、今回行ってみると
神仏習合の混ざり合いが奇妙で、参道を歩いていると実際に神社だかお寺だか解らなくなる。(お寺です。)

参道脇に、このような小さな鳥居と祠が祀られてある。額には、豊山稲荷大明神とある。


参道の上を高速道路の橋桁が走っている。厳かな参道の雰囲気ぶち壊しですね。


暫く歩くと、このような大きな常夜灯がある。


お寺まであと190mのところにある垂れ幕。中途半端な距離ですね。この写真を撮ったのは、さんぽ龍が居たため。参道は、くねくねしているので龍の身体に見立てて、それに因んでこのゆるキャラが生まれたそうである。


さんぽ龍


紹介記事を引用すると、宝塚清荒神の専属ゆるキャラで、

決して凶暴なわけではなく、さんぽ龍にかみつかれると、頭がよくなる、幸せになる、などのラッキーが訪れるといわれています。
 
普段は清荒神の山深くに住んでいて、時折、機嫌のいい時は参道をふらついているらしい・・・。
しかし、イベントのような人が集まる場所にくると人々に福を授けるべく、やたらハイテンションで噛みつきまくります。

という事らしい。なまはげの変形バージョンですな。

その紹介動画というより漫才(好みの違いがあるので、見ない方が良いかもしれぬ。)


百年縁日に集まった、ゆるキャラ達さんぽ龍

縁日には、お寺の前にこのような出店が並ぶ。その記憶はあったのだが、全ての店は閉められていた。

これが、清澄寺山門。山門は閉まっていたが、大門横の小門は開いていた。


境内の案内図

 見やすい案内図はこれ。


境内は広くて、沢山の立派な建造物がある。
  • 山門 - 1891年築
  • 眷属堂 - 布袋尊安置
  • 本堂(本堂・霊牌堂と練行堂)
  • 天堂
  • 護法堂
  • 護牛神堂
  • 宝稲荷社
  • 一願地蔵尊
  • 龍王堂
  • 荒神影向の榊 
  • 火箸納所
  • 右崖庵
  • 練行堂
  • 池苑 - 池泉回遊式庭園、江戸時代初期
  • 聖光殿
  • 龍王滝
  • 眼神祠
  • 宝蔵
  • 鐘楼
  • 庫裏
  • 鉄斎美術館
といった具合である。境内の主な建造物を見て行こう。鳥居の見える手すりの赤い階段を左回りで登って、境内を一周する。

鳥居と布袋さまの像に奥が本堂である。お寺なのだが、神社の雰囲気もたっぷりある。


拝殿

霊牌堂

鐘楼


神変大菩薩として、役の小角が祀られていた。


網で見えにくいが、役の小角の像である。


役 小角(えん の おづの /おづぬ /おつの)

 飛鳥時代から奈良時代の呪術者。

舒明天皇6年(634年)伝 - 大宝元年(701年) 
6月7日伝
役行者像(五流尊瀧院)
役行者像(五流尊瀧院)
幼名小角、金杵麿
諡号神変大菩薩
尊称役行者、役優婆塞
生地大和国葛城上郡茅原村
(現奈良県御所市)
宗派修験道


その行者としてのシンボルである錫杖が飾られている。



護法堂

護法堂から、このような石段を登って本堂に周りこむことができる。


その途中に祀られている、宝稲荷大明神の社。


池苑 池泉回遊式庭園で、江戸時代初期のもの。奥に見えるのが、資料館


本堂

一願地蔵尊

お願いはただ一つ。欲張ってはいけません。


拝観時間を過ぎていて、鉄斎美術館には入れなかった。30年ぶりに行きたかったのだが残念。


しかし、画像を探すことはできる。次の機会には鉄斎の絵を見にいこうと思っている。



資料館

入館無料だが、やはり拝観時間が過ぎていた。

修行大師(空海)像

立派で落ち着いた感じのお寺です。参拝客の少ない時期に行くのがベストかもしれぬ。 

かくして、清澄寺のお参りをおえ、帰途につくのであった。

今回はこれでおしまい。

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