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2017年6月29日木曜日

西宮神社 III

西宮神社の3回目である。拝殿のまえに神池が掘られており、三つの島を巡らすような形になっている。日本庭園の趣きである。

神池は南北朝から室町期の頃に造られ、大きな島が三つある三島一連のかたちで、蓬莱山水の様式といわれています。
池全体の大きさは南北約50m東西約30m面積約1550m² (四七〇坪)。
平成22年には、寛保三年(1743)及び平成七年の阪神大震災の折の以来の大改修が行われました。地元の人々にとっては、幼い時から亀や鯉と遊んだり、エビをすくったりと何かにつけ思い出深いお池も装い新たになり、再び憩いの場となっています。

その神池の様子

石橋と青銅製の欄干をもつ太鼓橋が並んでいる。反橋と言うそうだが、こちらは通行禁止である。


石橋が三つの島を渡すように架けられている。


山水を模して、池中には岩山が置かれている。左は宇賀魂神社の社。右側が茶店になっていて、神池を観賞しながらお茶を飲むことができる。池には錦鯉が沢山泳いでいる。


大島は石垣で組まれていて、その頂には伊勢神宮遙拝所鳥居がある。


池中の石燈篭 奥は祈祷殿である。


大島の縁に立つ二つの石碑で、 神池石垣寄進碑 である。
元禄9年(1696年)11月に神池の石垣を寄進されたのを記念に彫られた石碑。


記念燈  何の記念燈かは不明だが、明治三十七八年没増船 とある。


瑞寶橋



橋には結界がかけられていて、しめ縄が張られている。
欄干の橋名  面白い書体です。

島と拝殿正面を結ぶ線に「瑞寶橋」があります。明治四十年、青銅製神馬奉納者辰馬悦叟氏がこれも奉納されましたが、どこか意に沿わない所があったようで、二代目辰馬悦蔵氏が遺志をついで改修、大正十一年石橋青銅欄干反橋が完成しました。

100年近く前の今や歴史的建造物ですね。登録有形文化財になっている。

大島の頂にある伊勢神宮遙拝所


その鳥居  額束のないことに注意。遥か彼方の伊勢神宮を遙拝するための鳥居。


遙拝所から神池を望む

大島にある航海安全の石碑 十二支の方向を刻んである。

拝殿横にある社務所  十日えびすでは、百万人を超える参拝者で賑わう宮だけあって、社務所も何人もの神官や巫女さんが働く大きな営業所風になっている。



社務所横の神社会館




祓所


この場所でお祓いの神事を行う。遠方におわす神々をここから遙拝する。


1回目で手水舎を紹介したが、その手水場です。ここではちゃんと竹筒から常時水が流れていました。久しぶりに、手を清めさせて頂きました。


南門傍にある芭蕉の句碑


扇にて 酒くむかげや ちる桜

元禄元年 芭蕉 四十五歳(笈の小文より)

「桜花爛漫の花の木陰で浪漫的な情緒に浸っていると、
いつのまにか能楽の作中人物と化した気分になり、
ふと、扇で酒を汲む所作を真似てみる。
そんな自分の上に桜がはらはらと散りかかる。」


風流だけと思ったが、能楽が関係していたとは露知らずであった。


南門  えびす宮の社額が掛かっている。


こちらの門前にも常夜燈(永代燈)が並んでいる。


大練塀前の常夜燈 二基づつペアになっている。寄進された時代の相違。


また常夜燈型の道標もある。

東南の角には寛政十一年(一七九九)の年号の入った常夜燈型の珍しい道標があります。西国街道・山陽道の要衝であった証として「西宮大神宮 左 京都大坂 道」「右 兵庫はり満 道」とあります(西宮市文化財)。


西宮神社の参拝が終わったので、この南門をでてお隣にある成田山円満寺 に向かった。今回はこれでおしまい。次回は円満寺の紹介である。

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