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2014年3月13日木曜日

雪の日の散歩

ひどく、落ち込んでしまった。
もう消えてしまいたいと思う。 7年ぶりの鬱かもしれない。 
しかし、息子、夫、親、祖父 としての立場があるので、出家遁走というわけにはいかない。


娘を縁の下に蹴落として出家したと伝えられている、西行法師の肖像画です。


東北関東大震災関連のニュースや、STAP細胞疑惑、佐村河内守ゴーストライター事件、
その他 気分の滅入ることばかり起こったからかもしれぬ。

一番こたえてるのは、今考えている数学の問題で、予想していた結果の証明に不備があり、
結果自体が成立するかどうかわからなくなったことだ。 
積分項がある場合には、 特性行列のExponential type がない場合の2倍になり、
このことが、 full rank の条件の下での一般化固有空間の完備性の証明に影響をおよぼす。
積分項のない場合の証明のアナロジーが効かない。 
Paley-Wiener を使うのだが、解が0になる最少時間が区間幅でなくその2倍になってしまうからだ。
論文の作成段階で、発表したわけではないので実害はないが、主定理がつぶれてしまう。 
積分項のない場合は、大丈夫らしいがこの場合は本質的な進展とはいいがたい。
どう攻めればよいのかわからない。

あたまが働かないので、気分転換のためのブログを書く気さえおこらない。

このような気持ちで数日をすごした。

今週の月曜日だった。 気分が滅入るばかりなので、外は雪だが散歩にでた。


画面では見えづらいが、細かい雪が降っている。

養老院へのコースはとらず、六甲ケーブル下駅から国道95号線を下り
鶴甲2丁目から市バス36系統の通路沿いに鶴甲小学校へむかう。


子供たちが通った小学校だ。 その南側には、鶴甲幼稚園がある。



 
園児達が元気にさわいでいる。 微笑ましいが、私には哀しく感じる。
 
幸い雪もやんだ。
 
何も考えず95号線をくだり、国道2号線をつっきると処女塚(おとめずか)公園につく。 
なんの変哲もない公園と思えるが古い歴史がある。
 
 
ここは、「処女塚古墳」を整備した公園だ。 Street View もある。
 「処女塚古墳」は4世紀前半に築かれたと思われる全長70mの前方後方墳で、昭和60年(1985)に遺跡公園として整備された。慶長の大地震による地滑りや崩れた石室の跡などが確認された他、平成5年(1993)には三角縁神獣鏡が7面出土し話題になった。
 
つぎのような伝説がある。

  平安時代中期の「大和物語」の「処女塚伝説」はこの塚が舞台となっている。昔々、このあたりに一人の美しい乙女・菟原処女(うないおとめ)が住んでおり、二人の若者が求婚し、生田川の水鳥を弓矢で射抜く勝負をするも決着がつかず、思い悩んだ乙女がとうとう生田川に身を投げた。それを知った二人の若者も後を追ったという哀しい話である。
 
今なら、2人とも愛人になって頂いてなんの問題もないのにね。
 
さらに阪神高速3号神戸線の高架を通りぬけ、
東に進路をかえてしばらく歩くとサザンモール六甲につく。 ここは、以前説明したモール街だ。
 
いつものコースをたどり、大規模スーパーの ラ・ムー神戸灘店を覗く。
 
 

なんと、唐揚げ弁当が189円である。 
全ての人から見放され、孤独に生きねばならない状況になっても、何とか食えてはいける金額だ。
年金だけで、生きていく勇気を与えてくれる値段だ。 

 
お惣菜もこんなマルナカの半額以下の値段で買えるのだ。



うどん玉だって20円なのだ。 家にある、だし醤油をつけて食べれば1食20円で済ませられる。


野菜の方はちょっと高いが、それでも 
キュウリ2本95円、ブロッコリ1房122円、キャベツ半玉95円、人参3本185円といった具合だ。

なにも買わなかったが、この店は老後を生き抜くための勇気を与えてくれたのだった。

店をでて南に下ると、新在家運河につく。 運河は浚渫中であった。 
川の水は、随分きれいになっていたが、
河底をさらえるとかなりの量の砂泥が溜まっている。

 
 
 
 
このようにして、小さなシャベルカーとタンクで砂泥を取り除いていたのだ。
大変な作業である。  仕事とは言え、ご苦労さま と手を合わす。


下流のほうでは、水はこのように鉄さび色をしている。 魚の死がいも見つけた。


しばらくすれば、この運河の水はもっときれいになるので成仏してほしい。


ここは、都賀川の河口からの眺めだ。 天気になってきている。


川沿いに上っていくと、今日も鴨がいる。 動画をとってみた。


さらに、川沿いに上っていくと、灘区民ホールにつく。 その前は、区民公園になっている。
その中には、鯉の鑑賞用の小さな池が作られている。

 


決して、錦鯉を釣りあげようなどと思わないでほしい。
 

慰霊碑だ。 もう震災から、19年も経ったのだ。 ここには、時々花が供えられている。

 
あの時のことを考えれば、今の私の状況など何ほどのことはない。
鬱々としようが、どんな困難があれ誰しも生活をしていかねばならない。
甘ったれが泣き言を言ってたにすぎないのだ。

気分を入れ替え、またやり直すことにしよう。  

自宅はもうすぐだ。

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