第5章 連立微分方程式
5.1 初期値問題の解の存在と一意性
同じことなので、最初から教科書の2節で説明されているように、連立方程式系に対する
解の存在と一意性を論ずる。
この章で考える微分方程式は、 非線形の 連立微分方等式
(5.1) y1' = f1 (x, y1 , y2 , ・・・ , yn )
y2' = f2 (x, y1 , y2 , ・・・ , yn )
・・・ ・・・
・・・ ・・・
yn' = fn (x, y1 , y2 , ・・・ , yn )
である。 ここで、 fj (x, y1 , y2 , ・・・ , yn ) (j =1, ・・・ , n) は、n+1 変数の関数である。
連立方程式 (5.1) に対する初期条件を
(5.2) y1(a) = b1 , y2(a) = b2 , ・・・ , yn (a) = bn
とする。 初期値問題 (5.1), (5.2) のベクトル表示を与えよう。
y = (y1, y2, ・・・ , yn )t とし、 ベクトル y のノルム(長さ)を
|| y || = √ (y1² + y2² + ・・・ + yn² )
と定める。 b = (b1, b2, ・・・ , bn )t とし ベクトル値関数 f(x,y) を
f(x,y) = (f1 (x, y1 , y2 , ・・・ , yn ), f2 (x, y1 , y2 , ・・・ , yn ),
・・・ ・・・ , fn (x, y1 , y2 , ・・・ , yn ) )t
とおく。 このとき、初期値問題 (5.1), (5.2) は、
(5.3) y' = f(x,y), y(a) = b
と書くことが出来る。 ここで、 y' = (y1', y2', ・・・ , yn ')t である。
(5.3) に関して 閉領域 D を
D = {(x, y) : |x-a| ≦ r, ||y - b || ≦ ρ}
により定義する。 f(x,y) は、D上で連続と仮定する。 このとき、 ある定数 M>0 が存在して
(5.4) || f(x,y) || ≦ M , (x,y) ∈ D
がいえる。 さらに、次のリプシッツ条件を与える。
(5.5) ∃ L>0; || f(x,y) - f(x,z) || ≦ L|| y - z ||, (x,y), (x,z) ∈ D
さて、 y が 初期値問題 (5.1), (5.2) 、解であることと、 y が 積分方程式
(5.6) y(x) = b + ∫[a,x] f(t,y(t)) dt , |x-a| ≦ r
の解であるとは、同値であることを注意しておく。 単に積分をすればよい。
リプシッツ条件 (5.5) のもとで、初期値問題 (5.3) の解の存在と一意性の定理を証明することが
できる。 その前に、 リプシッツ条件 (5.5) がなければ、解の一意性は保証されない事を反例に
より示そう。 同時に無数の解が存在し得ることも示す。
この節の目的は、ピカールの逐次近似法 を用いて解の存在と一意性の定理を証明すること
である。
定理 1 リプシッツ条件 (5.5) の下で、 初期値問題
(5.3) y' = f(x,y), y(a) = b
の解は、 r' = min { r, ρ/M } として 区間 [a - r', a + r'] 上で
唯一つ存在する。 ここで M > 0 は (5.4) で与えた定数。
証明を与える前に ピカールの逐次近似法 を説明する。 これは、 初期値問題 (5.3) つまり
積分方程式 (5.6) の近似解を文字通り逐次的に構成する方法である。
第0近似を y0(x) , (適当にとればよい)
第1近似を y1(x) = b + ∫[a,x] f(t, y0(t)) dt ,
第2近似を y2(x) = b + ∫[a,x] f(t, y1(t)) dt ,
・・・ ・・・ ,
第n近似を yn(x) = b + ∫[a,x] f(t, yn-1(t)) dt ,
により 近似列 { yn(x) } を作り yn(x) が x=a を中心とする適当な閉区間 I 上で
y∞(x) に一様収束すれば その y∞(x) は、その作り方から
y∞(x) = b + ∫[a,x] f(t, y∞(t)) dt
をみたすので、 積分方程式 (5.6) の解になる。 このような近似の仕方を、
ピカールの逐次近似法 という。
(定理1の証明) y0(x) = b として、 I = [a - r', a + r'] とおく。 I 上の 初期値問題(5.3) の
逐次近似解 yn(x) を
(5.7) yn(x) = b + ∫[a,x] f(t, yn-1(t)) dt , x ∈ I = [a - r', a + r']
とおく。 まづ、定義された区間 [a - r, a + r] を I に制限する事により、 yn(x) の定義 (5.7) が
有効になることを確かめよう。 数学的帰納法を使ってこの事を示そう。 yn(x) が区間
I = [a - r', a + r'] 上で定義されているとする。 つまり、
(5.8) || yn(x) - b || ≦ r' = min { r, ρ/M } ≦ r
とする。 このとき
(5.9) || yn+1(x) - b || ≦ || ∫[a,x] f(t, yn(t)) dt || ≦ | ∫[a,x] ||f(t, yn(t)) || dt|
≦ | ∫[a,x] M dt| = M |x - a | ≦ Mr' ≦ M・ρ/M = ρ, x ∈ I
となるから、 yn+1(x) も区間 I = [a - r', a + r'] 上で定義される。
さて、 リプシッツ条件 (5.5) より
(5.10) || yn+1(x) - yn(x) || ≦ || ∫[a,x] [f(t, yn(t)) - f(t, yn-1(t))] dt ||
≦ | ∫[a,x] || f(t, yn(t)) - f(t, yn-1(t)) || dt |
≦ | ∫[a,x] L|| yn(t) - yn-1(t) || dt | = L | ∫[a,x] || yn(t) - yn-1(t) || dt |
を得る。 n=1 のとき、
|| y2(x) - y1(x) || = || ∫[a,x] [f(t, y1(t)) - f(t, b)] dt ||
≦ L | ∫[a,x] [|| f(t, y1(t))|| + || f(t, b) || ] dt | ≦ L (2M |x-a|) = LN |x - a |
ここで、 N=2M である。 n=2 として上の不等式を使うと、
|| y3(x) - y2(x) || ≦ | ∫[a,x] || f(t, y2(t))- f(t, y1(t)) || dt | ≦ L | ∫[a,x] || y2(t)- y1(t) || dt |
≦ L | ∫[a,x] LN |t - a | dt | ≦ L² N (|x - a |²) / 2!
再び不等式 (5. 10) で n=3 として上の不等式を使って積分を計算すると、
|| y4(x) - y3(x) || ≦ L | ∫[a,x] || y3(t)- y2(t))|| dt |
≦ L | ∫[a,x] L² N (|t - a |²) / 2! dt | ≦ L³ N (|x - a |³) / 3!
が得られる。 この事を繰り返すと
(5.11) || yn+1(x) - yn(x) || ≦ Lⁿ N (|x - a |ⁿ) / n! ≦ Lⁿ N(r')ⁿ / n!, x ∈ I
が示される。 これは、 絶対値関数項の級数
初期値問題 (5.3) の区間 I 上の2つの解 y(x), z(x) があったとする。 このとき、
リプシッツ条件 (5.5) により
(5.13) || y(x) - z(x) || ≦ || ∫[a,x] [f(t, y(t)) - f(t, z(t))] dt ||
≦ L | ∫[a,x] || y(t) - z(t) || dt | , x ∈ I
もし、 a ≦ x ≦ a + r' ならば、 (5.13) で
| ∫[a,x] || y(t) - z(t) || dt | = ∫[a,x] || y(t) - z(t) || dt となるから 2章6節 定理3 の
グロンウォールの不等式 により、 c = 0, φ(x) = L として
(5.14) || y(x) - z(x) || ≦ 0, x ∈ [a, a+r']
つまり、 y(x) = z(x), ∀x ∈ [a, a+r'] となる。
x ∈ [a-r', a] の場合にも (5.14) と同様の不等式を(5.13) より導くことができる(確かめよ)。
従って、 y(x) = z(x), ∀x ∈ I となり 解の一意性が示された。 (証明終)
解の存在区間
必ずしも解は考えられている区間全体で存在するとは限らない。
次のような場合が起こりうる。
この事を具体的な微分方程式で見ていこう。
実は、定理1において、リプシッツ条件 (5.5) は、解の存在のためには不要である。
つまり、次の コーシー・ペアノの定理 がなりたつ。
定理 2 初期値問題
(5.3) y' = f(x,y), y(a) = b
の解は、 r' = min { r, ρ/M } として 区間 [a - r', a + r'] 上で
少なくとも一つ存在する。
定理2 の証明は、コーシーの折れ線法 を使うが、関数族の一様有界性と同程度連続性
という概念も使うので、 議論が高度になり、本講義では省略する。
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