カテゴリー(作成中)

2016年12月26日月曜日

タイ国リアル旅行記 XXIII

今回はバンコクの市内観光の1回目。チャオプラヤー川からの臨時クルーズと王宮ワット・プラケオの見学である。

バスでは道路規制で王宮の近くまで行けないので、ボートをチャーターしてリバーシティの桟橋から対岸の王宮入り口まで行くことになった。これで王室御座船の如く王宮の周辺を船で遊覧して周る事になる。全くもってチャオプラヤー川クルーズに他ならない。臨時ボーナスみたいなものである。 

リバーシティの桟橋   かなりの川幅がある。最近は河川の汚染が深刻になりつつあるという。


この屋根付きの長い30人乗りくらいのボートに乗り込んだ。渡し舟と言って良いのだろう。御座船と言う訳にはいかない。 タイ王室御座船


行き交う貨物船  奥がリバーシティのビル


ボートからの眺め  両岸にビル群が立ち並ぶ景色は壮観。


長~いタンカーみたいな貨物船 船のまわりには衝撃よけの古タイヤが並んでいる。 岸辺には高層ホテルらしき建物が見えている。


この建物もホテルだろうね。船上からでは結構見栄えがする。


中国寺院の中華門と多重塔(何重の塔かはわからない) この周辺がチャイナタウンらしい。 



バンコク・リバー・パークランドマークビル いい加減な事ばかり言っているが、商業施設兼ホテルだと思える。


関帝廟ではありませんか。台湾では至るところにありました。マレーシアでも見ました。神戸にもあります。これは記事にしたことがある。 神戸関帝廟


博物館みたいなタイの公共施設と思えるが実際は何だかわからない。 タイ語が読めるとわかるんだがね・・・。 目立つ建物です。


橋が見えてきた。

ワット・アルンの船着き場


ワット・アルンお堂小仏塔

その前を何艘ものボートがせわし気に行き交う。

そして船上から見た大仏塔 現在改修中で足場が組まれている。



大仏塔の周りには4基の低い仏塔が並んでいる。


王宮の屋根が見えてきた。


船からもその威容が見て取れる。



船着き場近くの寺院


そして船着き場に到着  ワット・アルン大仏塔が彼方に見える。


船着き場から小路を通って王宮に向かう。


王宮の周囲を取り巻く白い壁  喪服軍団が王宮に向かって歩いて行く。崩御された国王がこの王宮に安置されているため、多くのタイ人が弔問のため訪れている。


こちらの方向は立ち入り禁止 壁の長さは、一辺が1900mである。長い。


そしてボーイスカウトの一団も王宮に向かって行進する。


パスポート・セキュリティーチェックを受けてから、王宮の入り口に向かう。ここでは入場券のチェックはうけない。

王宮内広場


警備が厳しいようで軍人さんがそこかしこにいる。


軍人さん待機用のテント。


王宮内施設(宮内庁や官庁)への入り口  衛兵が警備をしている。


右側の建物がチケット売り場


正面が入場ゲート ここで入場券のチェックがある。


入り口の建物の壁に掛けられていたタイ風の絵画  タイハウス時代の王宮を描いたもの。


王様と家臣 衣裳や屋根部分に金箔が貼られている。煌びやかな絵画である。


ここで王宮の説明をする。Wikipedia からの引用説明。一部に留める。

王宮 (バンコク)

チャクリーマハープラーサート宮殿
チャクリーマハープラーサート宮殿
王宮 (バンコク)の位置(バンコク内)
王宮
王宮
フワランポーン駅
フワランポーン駅
スワンナプーム空港
スワンナプーム空港
王宮の位置(バンコク)

タイのバンコクにある王宮

タイ国王の「公的」な居住地であり、国内すべての宮殿の中でもっとも重要であるとされる宮殿。ただし、実際にはラーマ9世以降国王は居住しておらず、日常的な公務も行われていない。したがって、チャクリー王朝あるいはチャクリー家のシンボル的存在にとどまっている。

王宮の建設は1782年5月6日に着工した。当時は木造の伝統的様式、いわゆる「タイ・ハウス」と呼ばれるで建てられていた。翌年から徐々に要塞化してコンクリートの建造物を建設し、国王を経るごとに増築され続け現在みられるような形になった。
王宮はおおざっぱに北から寺院(ワット・プラケーオ)やかつて公官庁が存在した外側部分、国王のオフィスである中間部分、国王の家族が居住する内側部分となっており、宮殿の北側を「前」と表現するなど北向きを意識して建てられた宮殿である。



寺院や宮殿、官公庁の建物がわんさかある。短い見学時間しかないので、ざっとしか見られなかったのは返す返すも残念である。見るべきものが多すぎて1日がかりでも無理そうだ。

王宮の絵地図  王宮のご案内パンフより


それでランダムに目ぼしい寺院とか宮殿、ヤック像などをアップする。彫像が好きなので無暗矢鱈にヤック像などを写してしまった。

黄金の仏塔 プラ・スイー・ラッタナ・チェーディー

アユタヤワット・プラ・シー・サンペットを模したと言われ、仏舎利が納められている黄金の仏塔である。 実物を見学してきましたね。


ヤック像 1 王宮の護り神で、巨大です。


ウイハーン・ヨート


武将の石像


プラ・モンドップ(図書館)  三蔵経が納められている経堂


周辺に寺院が立ち並んでいる。観光客で一杯です。さもありなん。
  

黄金のヤック像 これは小振り。


巨大ヤック像 2  堂の入り口の両脇に立つ。



巨大ヤック像 3

プラサート・プラテープ・ビドーン横にある黄金の記念碑
                 ラーマ一世、二世、三世の記念碑である。


プラサート・プラテープ・ビドーン 両側には黄金の仏塔があり、ラーマ一世~八世までの彫像が安置されてる。裏からの写真。



その遠景

アンコールワットの模型  ラーマ4世時代には、アンコールワットはタイの支配下にあった。


ホー・プラ・モンティエン・タム前のヤック像 

壁面は金の紋様。金の仏像も並んでいてとても煌びやか。


ウイハーン・ヨート  貴重な仏陀像が安置されている。



その門前のガルーダ像

黄金の仏塔前でほくそ笑む爺さん 

                 プラサート・プラテープ・ビドーン
の両側の黄金仏塔を支えるヤック


ヤック達とその表情をご覧ください。





プラサート・プラテープ・ビドーン  正面からの写真(と思われる)

巨大ヤック像 4、5


巨大ヤック像 6、7


ワット・プラオケ

王室守護寺院
であり、寺院建築の全ての特色を備えていると言われている。タイ王国のご本尊だる「エメラルド仏」が祀られており、毎日多くの参拝客が訪れている。

エメラルド仏」は、翡翠(ヒスイ)で彫られた仏像で、タイ王国の本尊仏として最も大切にされてます。最も大事な儀式として、王様により季節ごとに衣装の衣替えが行われます。
言い伝えによると、この「
エメラルド仏」は1434年、チェンライで落雷により仏塔が破壊されたことで「発見」された、ということで、一時はラオスに渡った時期もありましたが、1784年、ラーマ一世により、このエメラルド仏寺院に安置されました (ガイドブックより)


その側面

本堂入り口  内部の写真撮影は禁じられている。 ご本尊のエメラルド仏が安置されている。

鐘楼の鐘

その他にも小さなお堂とか仏塔が幾つもある。



ワット・プラオケの桜門  豪華なタイル張の門です。ここからは入場できません。


その入り口で軍人さんが休憩を取っていた。 中国武将風の石像もご覧ください。

チャクリー宮殿


ドゥースィット宮殿 その手前がアポーン・ヒモーク館 


衛兵さん


今回は長くなりすぎたのでこれでおしまい。 バンコク市内観光は次回につづく。

0 件のコメント:

コメントを投稿