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2018年2月23日金曜日

ナポリ旅行記 XVI エルコラーノ遺跡 (5)

しばらくお休みをしたがナポリ旅行記を再開する。似たような遺跡の写真ばかりがつづいて飽きてきたので、気分転換して神戸の神社シリーズに換えたがこれがまた長くつづいてしまった。前回気休めでグルメ記事を挟んだけど、今回は気合をいれてエルコラーノ遺跡のつづきを書くことにする。この旅行記では写真を見てガイドブックやネットで調べながら説明するので記事を書くのに結構な時間がかかってしまう。記憶のはっきりしない写真もありついつい確認が億劫になる。これではバルセロナ旅行記のように中座したままになる。何としても今回のナポリ旅行記は最後まで書き続けたいのです。手抜きをして写真掲載を半分位にカットすれば早くおわるのだろうけどそれでは私がちっとも面白くない。こんな写真もあるんだと再発見して調べるのが面白いのです。それでチンタラといつも通りのペースで旅行記を最後までつづけることにしよう。

と、相変わらず意味もない釈明を記してから記事を始める。

フォロの浴場  町の主要施設である。かなり大きな規模で入り口は男女別に分かれている。

女性用浴場の入り口  Terme Femminili  


入り口広間


脱衣場跡
 中央にある棚に脱衣を置く。その仕切りがそのまま残されている。



脱衣場床のモザイク  海神(ネプチューン)、海獣(イルカ?)、イカタコの鮮やかなモザイクが残されている。


脱衣場壁面 かまぼこ型になっていて壁には大理石がモザイク状に貼り付けられ磨かれている。フレスコ画も描かれているようで豪華な脱衣場だったようです。


壁面にあった噴水場(?)


浴槽 段差がついていて大理石の化粧板が貼り付けられている。壁にはフレスコ画が描かれていたようです。


通路奥の別の浴場の一部のようです。記憶は定かではないので間違っている可能性は大きい。


ここで一旦女性用入り口を出て男性用の入り口に入り直す。


男性用浴場の入り口  Terme Maschili  カメラを構えた私の手が写っている。

男性用脱衣室  同じかまぼこ型であるが女性用よりも広い。天上に採光のための窓があけられている。 ワイフと息子二人の後姿は写っているが個人情報の保護は辛うじて守られている。


脱衣場反対側 
脱衣棚が壁中央に並んでいる。その上に壁の装飾がある。中央壁上部に丸い穴があいていて、採光窓の跡と思われる。灯りをつけずとも昼間は充分明るかった。外国人親子が座っている腰掛石段には2000年も前にもローマ人父子が座っていたのでしょう。こちらの親子については個人情報の保護は配慮していない。彼らからクレームのつく心配は殆どないと思われる。



噴水場  噴水はブロンズみたいだがそうでなく大理石製のようです。


床のモザイク画  やはり海神海獣が描かれている。絵柄は女性用脱衣場床とは異なっている。製作者は同じでしょう。 熱の溶岩流のため床はゆがんでいるが大理石の白石も黒石も変色していない。


浴場の祭壇跡もしくは給水場と思われるが定かではない。


浴槽  大理石の化粧板が使われているがモザイク風である。浴槽の広さは女性用より少し広く感じられる。風呂については男女平等とはいかなかったらしい。日替わりで男女別を変えるというアイデアは湧かなかったようだ。



これで浴場見学はおしまい。次回の邸宅見学につづく。


2018年2月22日木曜日

2年ぶりの淡路島 ふぐ懐石料理

またもやってくれましたね。スピードスケート女子団体パシュート決勝で日本はオランダを破って、本大会3個目の金メダルを獲得した。何と2分53秒89のオリンピック新記録でした。高木美帆高木菜那佐藤綾乃菊池彩花の4人チームによる偉大なる勝利でした。
三名の連走行  チューチュートレインみたいですね。高木姉妹を含めた走り息の合った走りです。

日の丸を掲げる4名  プレッシャーにも負けずよく頑張りました。

これで高木美帆は一人での3種のメダルを手に入れたことになります。凄いとしか言いようがありません。
以上オリンピックメダル報告をしてから今回のグルメ記事に入る。ほぼ恒例となっていた淡路島三年とらふぐの食事報告である。昨日2月22日に三男の運転で国民休暇村南淡路に行ってきました。昨年はワイフの体調不良で行けなかったので2年ぶりの訪問です。今回は次男は仕事で参加できず私、ワイフ、三男の3名でした。

私は究極の魚料理はふぐ料理だと信じており、実際その通りだと南淡路三年とらふぐを食して確認するのでした。 本当に美味でしかも満腹するのです。4年前の記事を参照ください。究極の魚料理はフグ料理

休暇村 南淡路  瀬戸内海国立公園内にある風光明媚の地である。



休暇村から眺めた福良湾


出発時刻が遅くで我々が休暇村に到着したのは1時過ぎていたので観光バスの団体さんの昼食(勿論3年とらふぐ料理)がおわったところらしく空いていた。韓国人の団体さんもいたようです。この休暇村も国際的になりました。今回は時間は遅くなったもののゆっくり食事ができて却ってラッキーでした。

ロビーに鎮座するスノーマン3年とらふぐ


よろこび雛  古式に則る雛段で  東京 久月 作
食堂前に陳列されていた。もうすぐひな祭りですね。


2階レストラン 淡路島の眺望を楽しみながら食事ができる。


我々の席は窓際手前の席であった。窓からの景色 湾に浮かぶ3年とらふぐ養殖筏が右側に見えている。


前回と同じく我々の予約は、 淡路島 ふぐ懐石 コースである。これしかないんだけどね。

それでは料理紹介を始める。久しぶりに(嘘くさいけれど)グルメっぽいコメントを書いてみます。適切な文句が思い浮かばないのには我ながら情けないです。

献立はつぎのようになっている。4年前と殆ど変わりはない。


先附: 珍味二種盛り 白子豆腐 鉄皮の煮凝り 
刺身: 3年とらふぐ てっさ 
鍋物: 3年とらふぐ てっちり 
揚物: ふぐ唐揚げ 
蒸し物白子茶碗蒸し 
酢物: ふぐ皮サラダ 
飯物: ふぐ雑炊 
果物: 季節のデザート 

お品書き これは3つ折りで3年とらふぐの説明やふぐの生産者や料理長の言葉が添えられている。


3年とらふぐはイカダのもと鳴門沖の急流にもまれ3年かけて大切に育てられてられてきたのです。



その3年とらふぐ白子豆腐(右) と 鉄皮の煮凝り(左) 
プリンのようなとろける味わいの白子豆腐 ふぐ皮の旨みを煮汁で凝縮した鉄皮の煮凝り



ふぐ皮サラダ  コリンコリンとした皮の食感と淡路玉ねぎの絶妙なるコンビネーション。


てっちり具材

たっぷりと器にもられた3年とらふぐの切り身と野菜。 優に1匹分は入っているであろう。野菜高騰のおり白菜や水菜は少なめであったが身はたっぷりである。 証明書つきの3年とらふぐである。


東計義料理長の手による厚身のてっさ 

てっさは薄ければ良いというものではない。この厚さの中に旨みが凝縮されているのだ。 
酢だちをかける。なんという歯ごたえを持つ身のしなやかさよ。口の中にジワーと広がる旨みを小葱の甘さが一層引き立てる。 極上の味、そして歯ざわり。魚という範疇を飛び越えた食味をもっている。 身を守るその皮もまた美味し。 天上の美味。 もみじおろしのポン酢で頂いたのであった。 


ふぐ唐揚げ  レモン汁をたっぷり注ぐ。鮮烈な旨みが口中にひろがる。魚肉とは思えぬ歯ごたえがある。といって鶏の唐揚げでは味わえない魚本本来の味わいがある。骨につく肉の旨さ柔らかさは抜群で殊の外ジューシーである。 極めて美味。2個しかないのが難点。


ふぐ雑炊の鉄鍋  まづ骨付き肉をぶち込みしばらくして白菜、エリンギなどを入れる。そして煮立ってから食べるまえに白瀧を入れる。水は適量である。


充分に火が通ったので待望の3年とらふぐてっちりを食する。ふぐの骨や身からでる出汁がコブ出しとよく合っている。



ふぐ身

骨付きの部分はふぐの持つ本来の複雑な旨みを全開で示している。弾力があり、身はしまりがあり噛むと汁が染み出し肉はほぐれていく。淡泊であってもゼラチン質の皮付近はとろけるようである。特製のポン酢の酸味と相まって極めて美味である。


身だけの部分は骨付き部分より一層淡泊だが味に重厚感がある。鶏肉と似ているが魚由来のきめの細やかな歯ごたえとほのかな磯の風味がある。


かように貴重で繊細な食材はヒレ酒を飲みつつ味わうのが順当である。

ふぐヒレのヒレ酒


白子茶碗蒸し  通常の茶碗蒸しのようだがさにあらず。ふぐの新鮮な白子が塊で入っている。卵のだし汁と混じり合い口中でとろける。極めて美味。

ふぐ雑炊  雑炊の具を取り除きご飯を入れ、ひたひたよりやや上になるようにだしをなべよりくみ出す。塩で味付けをして卵二個を溶いて蓋をして一煮立ちさせる。


20秒ほど蒸らせて刻みネギを加える。柔らかい卵が好きならばこのときに卵を溶いてもよい。


そして満遍なくかき回して茶碗に盛り付ける。てっちりで余ったポン酢を加えると一層の風味が出る。

ふぐ雑炊茶碗 お漬物はセロリ、生姜と長いもの酢漬け。ほのかな酸味が雑炊によく合う。お好みできざみ海苔を加える。


ふぐから出た濃厚な動物系のダシがやさいや昆布からでた繊細な植物系のダシと一体になって、ごはんの1つぶ1つぶにしみこんでいる。これが美味でないはずがない。私は茶碗3杯食したのであった。

果物はメロンとイチゴ、そしてほんのり梨の香りのするアイスクリームであった。


このデザートは満腹のお腹を易しく癒してくれたのであった。

3人で全て完食しました。

その後当休暇村の温泉「潮騒の湯」に入り露天風呂鳴門海峡を見晴らす眺望を楽しんだ。


ゆっくりお湯につかったので持病の腰痛は和らいだのでした。これでおしまい。

2018年2月20日火曜日

神戸東灘区 八坂神社

今回も阪神沿線の神社巡りである。前回の深江・大日霊女神社を取材しおえてから深江駅にもどり三宮方面のつぎの駅である青木駅で下車する。目指すは八坂神社である。

地図では駅から南東に300mほどの距離にある。すぐ分かりそうなものだが周辺の住宅に視界が阻まれていてなかなかたどり着けない。通りを行き過ぎてしまっていたのだが、道行く人も見当たらないので、公園で遊んでいた小学生にこの近くに神社はないかと尋ねてみた。知らないという答えだったが、友達が走って近づいてきて彼に知ってると聞くと二つ知っていると答えてくれた。それでその二人ともう一人の友達がついてきて案内してくれるという。有難い事なので彼らに案内をお願いした。爺さんと小学生3人の道行きである。

通りを戻りさらに南側に国道43号線まで下ったところに地蔵堂がありこれかと訊ねられたので違うというと角を曲がってつぎの神社に連れて行ってくれた。その神社こそがお目当ての八坂神社であった。

ここです。



ただ一行で、小学生が神社に連れて行ってくれた。と書くところを無駄に詳しく書いてしまった。この記事に登場をお願いする可愛い小学生であったのでつい詳しく書いた。

この本庄地域には、現在東から深江・大日霊女神社青木・八坂神社西青木・春日神社の三社があるが、以前は春日神社本庄でなく山路庄に属するものであった。それで他の二社と異なり総氏神本住吉神社になる。当青木八坂神社大日霊女神社と同じく総氏神保久良神社である。今回で本庄地区の三社はすべて参拝済になる。 神戸東灘区 保久良神社


ここで青木(おうぎ)の名前の由来を神戸の空の下から引用しておく。

本庄総氏神保久良神社のご神体といわれる椎根津彦命(しいねつひこのみこと)が青いウミガメの背中に乗ってこの地から上陸したため、このあたりは「青亀(あうぎ)」と名付けられ、それが後に訛って「青木(おおぎ)」と変化したという伝承が残っています。実際、昔は八坂神社が鎮座している国道43号線の辺りまで海岸線が入ってきており、昭和の中頃まではウミガメが上陸していた記録が残っています。この「ウミガメ」が、神武東征時青いカメに乗って水先案内を務めたという神・椎根津彦本庄地域を結びつけるキーワードになったとも考えられます。

青亀(おうぎ)にうち跨った椎根津彦命

脱線したが神社紹介を始める。
朱鳥居 


鳥居横にある常夜燈手水鉢  道標らしき石塔が二本立っている。



ここで兵庫県神社庁等の記事を参考にして当神社の基礎情報を記述する。

ご祭神:

素盞鳴尊  (すさのおのみこと)



配祀神 

豊受姫命 (とようけひめのみこと)


大山咋命 (おおやまくいのみこと)  前回と同じ画像です。




由緒:

天保年間、この地は青木村米屋利兵衛の所有地であったが、村中で買収し方一間春日造り社殿を建て、天保11年(1840)正月13日神祇管領卜部良長より神明宮素盞嗚命松尾大明神を勧請したと伝わる。

正2年(1913)10月11日、八坂講を組織し神明造りの社殿や社務所を造営し、末社として天満天神大物主命を祀った。

見栄えはしないのですが180年もの歴史をもつ神社です。阪神淡路大震災での倒壊は免れたようです。

本殿   ここには素盞鳴命神明宮天照大御神)が祀られている。


お賽銭箱は外に置いていない。格子戸の所に穴が開いていてそこからお賽銭を入れるようになっている。いつものように10円を入れ鈴を鳴らし2礼2拍1礼を行い家内安全を祈った。小学生にも10円を渡してお祈りして貰った。

拝殿の鈴



本殿側面 拝殿本殿が一緒になった神明造りである。



拝殿前 狛犬二基  ギョロメの獅子


東末社社殿  大物主命恵比須神を祀る。ご祭神の一柱である恵比須神は浜手にあった戎神社を合祀したもの。お賽銭はガラス格子扉中央の穴からひっそりと入れる。


本殿裏手  神社に案内してくれた親切な小学生。 有り難う ハ~イ ピース。 もう一人はどこかへ走って行っちゃった。


西末社社殿

住吉大神
八幡大神保食神事代主命天満宮菅原道真公)・武内宿禰猿田彦命金毘羅神を祀っている。連合社殿で神々が一緒くたに祀られている。こちらもお賽銭箱社殿内にある。




西末社前 常夜燈


西末社から眺めた境内

本庄村道路元標  旧本庄村名を残す大正時代の遺跡のひとつ。


これです。

脇参道から本殿を望む。

これでおしまい。