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2017年5月23日火曜日

神戸兵庫区 平野の一本松

五宮神社を訪問した際に、偶々平野の一本松(枝折の松)に出くわした。そう書くとこの一本松を知っていたようだが、実際は何も知らずで、この記事を書くために調べた。

一本松の現在はこのように枯れ果て根株だけが残されている。(6年前の画像)


切株の後方の代わりに植えられた松も現在は枯れている。

神戸市の広報より。

昭和10年ころまでは、矢部町十王堂の前に大きな松の木がそびえていた。幹の直径が2メートルあリ、根は地面から盛り上って旅人の休憩所になっていた。これを平野の一本松とよび、また、枝折の松として、遠方からの目標とされていた。

高さが24mで樹齢800年の老松であった。

このような松の巨木だった。約100年前の写真。


現在は十王堂跡の周りには民家が密集している。

神戸の山手を東西にはしる昔の道は、奥平野・石井を通り、夢野から鵯越を経て、また、石井から烏原の谷を経由して山田に出る道でもあった。この松は、今は枯れて、もとの十王堂跡のほこらの前に大きな根株だけを残している。


掲示板 平野歴史クラブ


十王堂跡地蔵堂  

お堂には掛け時計があり、消火栓も置かれている。ベンチもあって、地元の方の休憩所になっている。 私も一休みしました。


の中には、幾多の地蔵尊だけでなく阿弥陀仏御神鏡も祀られていた。


ごちゃごちゃしていて、私にはこちらのお地蔵様のほうが印象的でした。お供えのお餅のようなお地蔵さんです。


短いおまけの記事でした。 これでおしまい。





神戸兵庫区 五宮神社

生田裔神八社の紹介シリーズで、今回は五宮神社である。

この神社は大倉山公園を抜けて山側に向かう、その麓にある。他の七社と違い拝殿は昔ながらの雰囲気をそのまま残している。山沿いの住宅地の中にあり、有力な禅寺である祥福寺がすぐ隣にある。背後は六甲山で環境は良好である。

社碑

御神木が2本あり一部枯れたためか、共に切り込まれている。 しかしその根元は樹齢を感じさせ見事です。また若枝もご覧の様に青々と葉を茂らせている。


大鳥居   震災に負けずその姿を保っている。


境内は更地のようにすっきりとしており、植えられている木々はごく少ない。参道は風情がなくモルタル引きであった。これから整備するのでしょう。

それではいつもの様にWikipediaから神社の基礎データを引用する。

五宮神社


  
五宮神社
五宮神社(神戸市)
所在地神戸市兵庫区五宮町22-10
位置北緯34度41分36.3秒
東経135度10分14.1秒
座標: 北緯34度41分36.3秒 東経135度10分14.1秒
主祭神天穂日命
例祭9月12日


五宮神社(ごのみやじんじゃ)

兵庫県神戸市兵庫区五宮町に鎮座する神社。生田裔神八社の一社。

歴史:

出雲国能義郡天穂日神社よりこの地に勧請され、神功皇后が、三韓へ行かれた帰りに巡拝された一社とされる。古来より奥平野産土神

この神社も神功皇后三韓征伐後に立ち寄られた神社である。四宮神社 と同じです。神戸中央区 四宮神社

本来は奥平野産土神を祀る神社である。かっての村社と思えるが、歴史は相当古いのでしょう。

江戸時代には寺社改めの時に、生田神社からは裔神八社の一つとして届け出ている。 明和の書上には氏神五ノ宮(幕府領の)境内二十八間に十二間、拝殿三間に二間、山神地神の小祠ありとある。

江戸時代には現在の境内よりもかなり広かったようです。

奥平野には、生田神社奉斎の時に祭主を命じられた海上五十狭茅の家と伝えられる名家があり、明治4年(1872年)湊川神社の創建で、兵庫県より湊川神社氏子に指定された時も、生田神社との深い関係を嘆願して、旧来通りとなった。

海上五十狭茅(うながみのいさち)とは、生田神社社家の先祖のこと。
神功皇后から、稚日女尊を祀る事を命ぜられ、初代の生田神社祭主となったという。
神功皇后応神天皇と戦った将軍である五十狭茅宿禰(いさちのすくね)の子であるともいう。


危うく湊川神社の摂社になり、吸収されるところでした。


ご祭神:

天穂日命 (アメノホヒノミコト)

山車の上に飾られている。



天照大神スサノオが誓約をしたときに、天照大神の右のみずらに巻いた勾玉から成った。物実(ものざね:物事のタネとなるもの)の持ち主である天照大神の第二子とされる。

由緒板



それでは境内を見て回ろう。

拝殿  拝殿本殿が一緒になった屋家である。 一見すると本殿なしのように思える。


拝殿の側面




二拝二拍手一拝をして鈴を鳴らし、お賽銭をあげさせて頂いた。

拝殿前狛犬二基


常夜燈


手水舎  水枯れ状態でした。



紀念燈  左右二基ある。 灯りをつけない常夜灯のようなものである。


境内社岩松稲荷社 

朱鳥居  扁額には 正一位 岩松稲荷 とある。 


拝殿  二重屋根になっており、手前部分が休憩所のようになっている。中央にお線香を立てる奉納柱がある。地方の神社ではたまに見るが、神戸の神社ではこのスタイルは殆ど見受けられない。


大国主を祀る社  お賽銭箱は置かれていないので、賽銭を社の扉に押し込んでいる。これってマナーからするとよくないのでは?



社は小さいが境内社猿田彦社

この社には、気づき難いのだが、一応賽銭箱が置かれている。


境内にある鬼瓦  拝殿の古い瓦と思われる。 


境内には社務所があり、宮司さんに朱印を御朱印帖にお願いしているグループ(含御朱印ガール)の方がおられた。 朱印を集めるのが若い女性のプチブームになっているらしい。

御朱印の画像


ついでと言ってはなんだが、全生田裔神八社の御朱印の画像をアップする。


画像は、

Yoko Kishimoto   より引用。
@cathyyoko

これでおしまい。


微分方程式講義 (2017年版)VI

3.2 ロンスキアンと定数変化法 

前回導入したロンスキアンを思い起こそう。





この節ではこのロンスキアン線形斉次微分方程式 の解から線形非斉次微分方程式 の解を

導くのに重要な役割を演じることを示す。 ここでは特に階数が2の場合を考える。

一般の階数の線形方程式に対しても同様の結果が成り立つことを注意しておく。



変数係数の2階方程式

(3.4)    y'' + a(x)y' + b(x)y  = f(x),    x ∈ I

を考えよう。 f(x) ≡ 0  とおいた  斉次微分方程式 は、

(3.5)    y'' + a(x)y' + b(x)y   = 0,       x ∈ I

である。 ここで、   a(x),  b(x),  f(x)   は実数上のある区間 I で定義されているとする。

(3.4)  の一つの特殊解を y₁ とする。 このとき、次の定理がなりたつ。



定理 3   y₁   (3.4) の一つの特殊解とする。 さらに 斉次方程式 (3.5) 

一般解を   y₀ とすると、 非斉次方程式 (3.4)  の一般解 y は、 

y = y₀+ y₁   で与えられる。
 


証明は、 y を一般解として y - y₁  を考えればよい。 この差は、 斉次方程式 (3.5) の
 
一般解になる。
 




定理 4   y₁, y₂   斉次微分方程式 (3.5) の解とする。 このとき、

  W[y₁, y₂](x)  ≠ 0   または、  W[y₁, y₂](x) ≡ 0  である。




(証明) ロンスキアン W[y₁, y₂]  のみたすべき 微分方程式を導けばよい。 





定理 4 から、次の定理が直ちにしたがう。




定理 5   a(x),  b(x)  を区間 I 上の連続関数とする。 x₀ を I 上の1点とする。

このとき、 微分方程式 

             y'' + a(x)y' + b(x)y   = 0

の解で次の条件をみたす解  y₁, y₂が存在する。


       y₁(x₀) = 1, y'₁(x₀) = 0 ;    y₂(x₀) = 0, y'₂(x₀) = 1.  


 

このとき、  W[y₁, y₂](x)  ≠ 0   (x ∈ I)  である。


ここで、 W[y₁, y₂](x₀) = (単位行列の行列式) = 1    を注意する。  





定理 6  ベクトル空間  

        V = {y ;   y'' + a(x)y' + b(x)y   = 0

の次元はである。



(証明) y ∈ V すなわち

             y'' + a(x)y' + b(x)y   = 0
とする。 


y₁, y₂  定理 5 の2つの解とする。 このとき 

W[y₁, y₂](x)  ≠ 0   (x ∈ I)    であるから、行列式論


クラーメルの公式 により  I 上の関数 c₁(x),   c₂(x) で、
 

      c₁(x) y₁ +   c₂(x) y₂ =  y        (1)        


      c₁(x) y'₁ +   c₂(x) y'₂ =  y'      (2)   

となるものが存在する。  (1) を微分して (2) を使うと、

       c'₁(x) y₁+   c'₂(x) y₂ = 0      (3)


がしたがう。 さらに、 (2) を微分して


c'₁(x) y'₁+   c'₂(x) y'₂ + c₁(x) y''₁+   c₂(x) y''₂ =  y''      (4)    
 


(1)×b(x),  (2)×a(x),  (4)  を  y'' + a(x)y' + b(x)y   = 0 

に代入して 整理すると


     c'₁(x) y'₁+   c'₂(x) y'₂

 + c₁(x) (y''₁+ a(x)y'₁+ b(x)y₁) +  c₂(x) (y''₂+ a(x)y'₂+ b(x)y₂) = 0


 となり、結局 

       c'₁(x) y'₁ +   c'₂(x) y'₂ = 0      (5)


がいえる。 (3) と (5) および W[y₁, y₂](x)  ≠ 0  なることから、

 c'₁(x)  ≡ 0,    c'₂(x)  ≡ 0  となり、 

 
   c₁(x) = C₁,    c₂(x) =  C₂  (定数) 


がいえる。  つまり、 y =  C₁y₁ + C₂ y₂  となり 

y は y₁ と  y₂ の一次結合である。   これは、V が 2次元であることを示している。

 (証明終わり)




一般に、 ロンスキアン が 0 にならない解 y₁, y₂  を (3.5)  の

基本解 または 基本解系という。



定理 7  非斉次方程式 

(3.4)    y'' + a(x)y' + b(x)y  = f(x) 

 
 の一般解は、 

(3.6)     y =  y₁(- y₂f(x) / W[y₁, y₂] dx + C₁) 

                + y₂( y₁f(x) / W[y₁, y₂] dx + C₂) 

 で与えられる。 ここで、 y₁, y₂   は (3.5) の基本解とする。


(証明)  定数変化法による証明を与える。

 y  = c₁(x) y₁+   c₂(x) y₂ とおいて、

c₁(x) ,   c₂(x)  をうまく選んで この  y   が (3.4) の解になるようにしよう。

この方法は、斉次方程式の解の1次結合における

定数を関数に変えるという意味で、定数変化法 と呼ばれる。

      y'  = c₁(x) y'₁+   c₂(x) y'₂ +  (c'₁(x) y₁+   c'₂(x) y₂)       (1)

なので、 

       c'₁(x) y₁+   c'₂(x) y₂ = 0      (2)

 なるようにしよう。 さらに、(1)  を微分して (2) を使うと 

      y'' = c'₁(x) y'₁+   c'₂(x) y'₂ + c ₁(x) y''₁+  c₂(x) y''₂      (3)

 となるから、定理 6 の証明と同様に 

y'' + a(x)y + b(x)y   = f(x) に代入して整理すると、 

     c'₁(x) y'₁+   c'₂(x) y'₂

+ c₁(x) (y''₁+ a(x)y'₁+ b(x)y'₁)

+  c₂(x) (y''₂+ a(x)y'₂+ b(x)y'₂) = f(x)


となり、 

                c'₁(x) y'₁+   c'₂(x) y'₂= f(x)       (4)

が導かれる。 (2), (4)  を c'₁(x) ,  c'₂(x) について連立して解くと

クラーメルの公式 により





定理 3 と 定理 7 の結論を組み合わせると 次の結果が得られる。



公式 3.1   定数係数の2階方程式

 (3.1)    y'' + ay' + by  = f(x) 

の一般解  は、次で与えられる。  



 例をいくつか与える。  





この節の最後に、ダランベールの階数低下法 について述べよう。


ジャン・ル・ロン・ダランベール(Jean Le Rond d'Alembert、1717年11月16日 - 1783年10月29日)

18世紀フランスの哲学者、数学者、物理学者。百科全書派知識人の中心者。


これは、斉次方程式の1つの解を用いて非斉次方程式の解を求める方法である。 

斉次方程式

  (3.5)    y'' + a(x)y' + b(x)y  = 0

の一つの解 y₁  がわかったとする。 非斉次方程式

  (3.4)    y'' + a(x)y' + b(x)y  = f(x) 

 
 の一般解を y = uy₁  の形で求めよう。 

         y' = uy'₁+ u' y₁,      y'' = uy''₁+ 2 u' y'₁+  u'' y₁

なので、 (3.4)  に代入すると

u'' y₁+   u' (2y'₁+ a(x)y₁) +  u(y''₁+ a(x) y'₁+  b(x) y₁) = f(x) 

となるが、  y''₁+ a(x) y'₁+  b(x) y₁= 0   であったから 

      u'' y₁+   u' (2y'₁+ a(x)y₁) = f(x) 

これは、  v = u'   についての1階線形方程式になる。 

      v' +  [(2y'₁+ a(x)y₁) / y₁] v = f(x)/y₁ 

したがって 

   v(x) =  exp (-∫ [(2y'₁+ a(x)y₁) /y₁] dx) 
      ×[∫ (f(x)/y₁) exp (∫ [(2y'₁+ a(x)y₁) /y₁] dx) dx]

 となる。 

ところで、

   [(2y'₁+ a(x)y₁) /y₁] dx = 2 (y'₁/y₁) dx  + a(x) dx

= 2log y₁ + A(x)

なので


以上をまとめて次の公式を得る。





この公式はロンスキアンを用いて一般のn階の線形方程式に対しても拡張される。

その形式を考えてみよ。


2017年5月22日月曜日

神戸中央区 八宮神社(六宮神社合祀)

しばらく間隔が開いてしまったが、前回にひきつづいて六宮神社八宮神社の紹介である。これら二つの神社は合祀されているので、主体たる八宮神社の写真記事になる。

腰の調子がよろしくないので、新開地から市バスで湊川公園まで行き、神戸市営地下鉄に乗り換えて大倉山まで出た。歩くのをさぼったのである。

大倉山駅 改札  この駅は余り利用したことがない。概して地下鉄のどの駅も特徴がない。各駅ごとに特徴のある壁画やモニュメントを設置するなど変化をつけて欲しいと思うのだが如何なものだろうか。


駅には湊川神社の掲示板があったが、この八宮神社については何もない。駅構内地図にも書かれていない。 湊川神社に比べるとあまりにマイナーな神社である。

しかし、駅から地上に出てすぐの所にあった。見つけるのに苦労することはない。

この鳥居のある場所は脇門にあたる。

二の鳥居  額束には八宮神社とある。


脇門に立つ社碑  かっては村社であった。 境内はむしろ狭い。



それではいつものようにWikipediaから基礎情報をゲットする。

八宮神社 (神戸市)

   
八宮神社
Hachinomiya KOBE 01.jpg
所在地神戸市中央区楠町3丁目4-13
位置北緯34度41分4.5秒
東経135度10分30.8秒
座標: 北緯34度41分4.5秒 東経135度10分30.8秒
主祭神天津彦根命・熊野杼樟日命
社格旧村社
例祭7月13日(六宮祭)
10月9日(八宮祭)


八宮神社(はちのみやじんじゃ)

神戸市中央区楠町に鎮座し、生田裔神八社六宮神社八宮神社とが合祀された神社。

ご祭神:

六宮祭神
天津彦根命(アマツヒコネノミコト)

天照大神素戔嗚尊が誓約(うけい)をした際に生まれた五男神の第二子。

応神天皇

今回はこの画像です。人形ヴァージョンである。



八宮祭神
熊野杼樟日命 (クマノクスビノミコト)

画像は見つからない。

素盞嗚尊 スサノオノミコト

今回はこの画像。




歴史:

神功皇后三韓征伐の帰途、生田神社裔神八柱の神を8か所に奉斎された内の2社で、坂本村の鎮守社。
  • 明治12年(1879年)10月村社に列す。
  • 明治20年(1887年)最初の神戸市役所が新築されるため、八宮神社が現在地に移転。
  • 明治42年(1909年)5月7日、楠高等小学校(現・湊翔楠中学校)新設により六宮神社が八宮神社に移転。
  • 大正4年(1915年)10月30日、神饌幣帛共進社に指定される。
  • 大正14年(1925年)9月29日、正遷宮。本殿北側に六宮神社、南側に八宮神社が鎮座している。
明治末に小学校新設のために六宮神社八宮神社に移転したわけです。移転するに十分な敷地がなかったのですね。

それでは境内の参拝を始める。 正門の参道にも石鳥居立っている。

一の大鳥居 



社碑 シンプルに八宮神社とのみ刻されている。




石畳の参道両脇には常夜灯が左右三組並んでいる。



境内にある常夜灯

奉納碑  境内に、拝殿増築、鉄筋防火壁、敷石などを行ったと標した記念碑である。


拝殿  お賽銭箱はありませんでした。 それで無銭で参拝をさせて頂きました。



手水台  水道栓を各自ひねって水を出し手を清める方式でした。井水は流れおりません。


狛犬二基  口元や目元は朱で彩色されていて真新しい。



拝殿の右側に六宮神社合祀の額が掛かっている。


拝殿中  左側に八宮之祠  右側に六宮之祠  と額に記されている。


脇社の白髭稲荷神社

一の石鳥居

この神社は額束にあるように白髭稲荷大神を祀っている。

二の石鳥居  さらにその奥には朱稲荷鳥居がならんでいる。


拝殿 新しく建造された模様である。


稲荷社なので守り神のお狐さま二匹が鎮座している。



以前祀られていた白髭稲荷神社の社だと思われる。


八宮神社の参拝をおえ、大倉山公園を横切って次の五宮神社へと向かった。 今回はこれでおしまい。