六甲八幡神社の八幡厄神厄除大祭の報告です。18,19日の両日ですが、今日19日に行きました。病院に薬を貰いに行った帰りに立ち寄りました。以前の記事に書いたように、書くと約束したのでその約束を果たさねばならぬのです。と言っても撮ってきた写真アップするだけのお手軽記事です。 六甲八幡神社のどんど祭
まづは、厄除大祭 の由縁を説明しましょう。 六甲八幡宮のホームページより。
このような幟が立てられている。
厄除大祭 説明の音声はこれ⇒ 読上
六甲八幡神社の祭神は応神天皇、天照大神春日大神。
創祀の由来については諸説があるが、社伝によれば、平清盛が福原に遷都した治承四年(一一八〇)京都・石清水八幡宮を勧請したことに始まるという。
厄除大祭は、一月十八・十九日に行われ、氏子からは厄神祭(やくじんさん)と呼ばれ、親しまれている。
宵宮(十八日)本宮(十九日)の両日で約十万人の参拝者が集まり、境内、参道には百数十軒の出店が並び、非常な賑わいを見せる。
厄除の破魔矢を求められるのは、男性の四十二歳と女性の三十三歳の厄年の方が最も多いが、家内安全、商売繁盛を願い毎年破魔矢を受けられる方も多く、祭りの二日間で約一万体の破魔矢を授与する。
という訳で由緒のある 厄除大祭 なのである。
湯立ての神事
本宮の午後十時からは、 湯立て神事が行われる。無病息災を願う人々が、争って笹を奪い合う行事である。
その描写が面白いので、再び引用する。 作者は不明。
トーントーン、トントトン、低く穏やかな太鼓の音が聞こえ始めた。
多くの参拝者が夜も十時を過ぎたというのに、青竹にしめを張った囲いの外で、巫女の手さばきをみつめている。
モクモクと湯気の立つ二つの釜に、巫女がご洗米とお神酒と塩をポタポタと落とすと、大麻で釜を祓い、その柄で湯をかきまぜた。
続いて小さな桶に初湯を汲むと捧げ持って四方を拝み、殿上の祭員に渡した。厳かな献湯の神儀が終わると巫女はサラリと舞衣を脱ぎ捨てた。
そでをたぐり、たすきをかけ、両手に笹束を持つとまず一つの釜につけた。
太鼓と笛は、軽快な響きでテンポを速めていく。
釜の中で左、右、左と笹束を器用に回転させていた巫女が、ころはよしと見はかるやその束を力いっぱい釜の外に振り上げた。
湯煙りが立ち明かりを受けた湯玉がキラキラとはえながら人がきの上に落ちて行く。
二回、三回、四回……どよめきが起こり、湯煙りが帯のように尾を引いてやみ空にとけていく。
「申年生まれの人家内あんぜーん」拝殿の中から宮総代の声が風に乗って聞こえてきた。
「酉年生まれの人家内あんぜ―ん」「戌年生まれの人家内あんぜ―ん」打ち振る笹束からパラパラ音を立てて湯玉が落ちてくる。
しぶきを浴びた参拝者の中から興奮した歓声が上がる。
待ちきれない人々は四すみに立てた青竹の枝葉を取ろうと争っている。
最後の「未年生まれの人家内安全」の声が流れると、人々はいっせいに祭場になだれこんだ。四すみの青竹もみるみる枝葉をもぎ取られ、引き倒された。
「この笹をいただいて帰り、門口にさしておくと魔よけになるんや」と、おじいさんが手に持った笹を釜の湯の中につけ、大事そうに持って帰って行く。
厄神宮の拝殿では、最後の御神楽が奉納されている。
祭りの終わりを告げる笛の音が、夜空のやみの中に消えて行く。
一月十九日。厄神さんの祭りも終わった。
かき乱された祭場からはまだかすかに湯気が立っている。
面白そうですね。 この記事を書き終わったら、取材に行ってきます。
ちなみに今年の厄年の一覧表を記す。
平成27年度 大 厄 一 覧 表
男 女
25歳 平成 3年生 19歳 平成 9年生
42歳 昭和49年生 33歳 昭和58年生
61歳 昭和30年生 37歳 昭和54年生
厄年一覧表(男女共)
1歳 平成27年生 33歳 昭和58年生
4歳 平成24年生 37歳 昭和54年生
7歳 平成21年生 40歳 昭和51年生
10歳 平成18年生 42歳 昭和49年生
13歳 平成15年生 46歳 昭和45年生
16歳 平成12年生 49歳 昭和42年生
19歳 平成 9年生 52歳 昭和39年生
22歳 平成 6年生 55歳 昭和36年生
25歳 平成 3年生 58歳 昭和33年生
28歳 昭和63年生 61歳 昭和30年生
64歳を超えると厄なんか関係なくなる。それ以降全ての年が厄年になるのである。
私が、六甲八幡宮に行ったのはお昼ころでした。ですから、日はまだ高い。
ここが、八幡宮入り口。いつもと違って、しめ縄と御神燈が架かっている。
ここも、いつもは閉じられているのだが、麗しい巫女さんがおみくじやお守りを売っていました。
厄神宮で お賽銭を払って厄落としをしました。
ここが、厄除守札授与所です。お守りを販売していますが、お御籤もあるようです。。巫女さんだけでなく、神主さんもおられる。
厄神宮だが、ここにもしめ縄が張られている。
珍しい。南天の箸や、神宮飴や暦を売っている出店です。本宮の右横に出店してました。
参拝客の行列です。皆さん行儀良く並んでいます。 昼間なので、それ程多くはない。
厄除の破魔矢やお札を買う人もちらほらです。2日間で約一万体の破魔矢を授与するとあるので、午後になればここも一杯になるのでしょう。
以下出店の写真集。人気の妖怪ウオッチの店ですね。
昔ながらの、天津甘栗、ベビーカステラ、焼きそば、明石焼き、たい焼き(クロワッサンたい焼き!)、天津甘栗、フランクフルト、チョコバナナ、貝の壺やき、などの食べ物屋さんや、福袋やつり、宝石屋さんなんてのもありました。
こんな具合です。
参道を下っていくと、宮前商店街に至るわけである。
実は、六甲八幡神社のかっての参道が現在の宮前商店街になっている。 それで、今度は逆に商店街から神社のほうに登っていく。
これが宮前商店街の第一鳥居。
2番目の鳥居。
そして写真奥に見えるのが、現在の神社境内の入り口に建っている石の鳥居である。
ここから先に出店が並んでいる。
もう午後9時になったので、湯立て神事を見に行ってきます。ついでに、夜店の写真も撮ってくる予定です。 時間がないので、今回はこれでおしまい。
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