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2015年4月10日金曜日

姫路の日本画家 丸投三代吉

もう亡くなって20年も経つが、今も時々展覧会が開かれる日本画家の丸投三代吉がいる。今回の画家シリーズは、この方を紹介したい。 
きっかけは、既に終わってしまったが、姫路市立美術館での展覧会 命を描く である。 見に行こうと思って行けなかった展覧会です。 そのポスターには、天狗裸婦なんかがびっしりと描きこまれていて、実に楽しそうな絵画なのだ。
それで、他の作品も見てみたいと思ったのが動機です。以前から知っていた画家ではない。
検索してみると、娘さんの経営している喫茶店があり、そこで彼の作品が展示されている。
ギャラリー喫茶・歡創居(かんそうきょ) 〒671-2221
姫路市青山北3丁目40-32
TEL 079-267-7373
実物を見た訳でないので、尚早かと思ったが、近々展覧会には行くことにして、記事を書くことにした。楽しい絵画をアップしたいという気持ちが先立ちました。(鬱気味なもので)
先日大天守を見に行ったこともあり、気に入ったのはこの作品。姫路城とお祭りを描いたこの絵です。



3年前には、生誕100年の記念展覧会が姫路市書写の里・美術工芸館で開催された。その時のポスターは、これです。 この絵も楽しそうですね。



ここで、丸投三代吉の人となりの解説。
丸投三代吉(まるなげみよきち)

日本画家。明治44年(1911)兵庫県生。大挙と号する。姫路に住した。平成3年(1991)歿、79才。
 
生誕100年の記念展覧会の紹介文より。
 
1911年に姫路市広畑の農家に生まれた日本画家・丸投三代吉(まるなげみよきち)は、幼少期から絵画に親しみ、1991年80歳で亡くなるまで、独学で郷土の自然や風物を彩色豊かに描いた多くの作品を生みだしました。

昭和18年に徴兵され、満州で終戦を迎えてシベリアで抑留生活を送った後に帰国、この時の「生きる喜びを裸で感じた」ことがその後の人生に大きな影響を与えました。
 
  童心に満ちあふれた楽しい絵を描くことを信念とし、仏のような心で鬼のように激しい筆遣いで描く作品は「鬼筆仏心」とも呼ばれ、その独特の作風は、院展(日本美術院展覧会)に53回入選するなど画壇でも高く評価されました。

平成23年9月に生誕百年を迎え、現在でも「自然と生命への賛歌」をテーマにした作品は多くの人々に深い感動を与えます。

彼は、超過密的祝祭画 の画家として知られている。

彼の作品の批評。

出品作をたどると、生命を鎖のように繋いで画面を埋めていく無心さが、あらゆる生命の讃歌となっている。


うまく言い当てるものですね。

私の親父よりは、9歳上で、やはり出兵と捕虜を経験している。シベリア抑留なので、悲惨な経験をされたと思う。亡くなった戦友も多かったろう。それだけに、生命の賛歌を描きたかったのだろう。
丸投三代吉略歴
 
1911年  9月11日兵庫県飾磨郡廣村(現:姫路市広畑区本町)に7人兄弟の末子として生まれる。

1926年 廣尋常高等小学校(現:姫路市立広畑小学校)卒業、画家を決意、農作業を手伝いながら注文制作の肖像画などを描く。

1943年 徴兵。岡山連隊に入隊し、上等兵として満洲へ派遣される。

1945年 満洲で終戦を迎え、シベリアで抑留生活が始まる。

1947年 帰国、画家としての生活が始まる。

1955年 第10回姫路市美術展「白い壁」市長賞。

1958年 第43回再興日本美術院展「行く秋」を初出品、初入選(以後連続入選)。

1973年 8月、聖安寺(姫路市大津区)の本堂壁画を描く。

1979年 第64回院展「山里」で日本美術院特待に推挙される。

1980年 姫路市芸術文化賞(ふるさと文化賞)

1991年 6月23日逝去
 
友人の彼の画の紹介文より。
 
丸投さんは、
猫も鳥も花も羅漢も女子供にいたるまでの森羅万象を、
多彩で明るく沸きたつ命の轟きの祝祭画を生んだ。

それは豊かな播州平野の生命讃歌となっている。

著作権の関係があるので、ここに掲載しても問題がなさそうな画像をアップする。問題がある場合は、ご連絡ください。













また、彼の絵に向き合う姿勢を表した言葉や人生訓などをまとめた冊子「求道の雑記帳」を、長女のギャラリー店主丸尾美千代さんが作成した。

 「千変万化 執着は前進をはばむ」  などの言葉があるそうです。

31ページ。1200円(税込み)。
ギャラリー歓創居 TEL079・267・7373 に申し込めばよいそうです。

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