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2015年6月28日日曜日

鳥取、倉吉、由良旅行 II

さて、宿舎のレーク大樹である。宿泊先については何も知らなかったので、いつものように調べながら書くのである。

この保養センターは、渡辺水産グループという会社が経営している。

湖山池湖畔に佇む、絶景露天風呂と
日本海の新鮮魚介料理の宿

というのをウリにしている旅館である。

パンフ

この旅館から見る湖山池の日没時の風景が美しい。人の晩年もそうあって欲しいが無理というものである。


冬場のカニ料理が美味そうだね。


レーク大樹は5階建ての鉄筋コンクリート造りで、1階にフロント、ロビー、売店、レストランなどがあり、2階から4階までが客室と宴会場。我々は3階の部屋で、この日は老人会の団体が宿泊していた。

5階が展望大浴場になっている。Super Sentoシリーズのように絶景露天風呂を紹介しよう。絶景と言うのは、誇大広告だが湖山池の景色はそれなりに美しい。



お風呂は、大浴場と露天風呂とサウナのみ。

展望大浴場  横長だが、ゆったりとした湯舟。
最初は2,3人しかいなくて、良かったのだが私と同程度もしくはそれ以上の爺さん連中がどやどやと入ってきて洗い場は満杯になる。頭と身体をゴシゴシ洗って、身も心も美しくなったのはいつも通りであるが、それを持続させるほど長湯はできなかったのである。

大浴場
当館の最上階に位置する展望大浴場(天然温泉)。
湖山池の雄大な景色を眺めながら、のんびりと湯船に浸ってください。


それで露天風呂に逃れたが、ここにも数人入ってきたので珍しく早めに退出する。ここのお湯は温め。横にある小さいサウナには2分間入った。天然温泉なのに、勿体ない事をした。温泉の成分表示や効能は今回は略。



夕食後は、すぐに寝たので再入浴しなかった。翌朝、開始時間の6時半に入るが、早くも爺さん連中(私含む)が入っている。雨が降り始めていたので、露天には人はいなかった。私は勿論露天にも入ったが、雨にうたれたので頭を再度洗う。毛髪に手ごたえが無くなり、ハゲがさらにいや増したように思う。
   
つい書いてしまうのだが、この温泉は入浴のみでもご利用できる。65歳以上350円で格安!
日帰り入浴に
ついて
◆ご入浴時間:AM10:00~PM20:00
◆入浴料:中学生~64歳まで:500円
65歳以上:300円、小学生:250円 、小学生未満:無料
 
ということは、私が入ったときにいた爺さんは地元の人で、その後入ってきた老人団体は老人会のメンバーだったのだ。道理で、雰囲気がちょっと違っていたのだ。

グラウンド・ゴルフ場 というのもある。旅館の裏手にあるコースの写真。

グラウンド・ゴルフ
 
そのコース
 

無料だそうだが、私はゴルフはしない。写真下方に金の翁が見えるであろうか。これについては、後述する。

相変わらずどうでも良いことを書いているが、部屋でスケジュール調整をしてから、朝食をとりにレストランに向かう。

これが朝食御膳。 おっ、朝からイカの刺身つきである。昨夜の残りに違いない。筍の煮つけ美味し。重なっている部分もあるが、3枚に分けて写してみた。



料理宿屋の在り来たりのメニュだが、干しカレイは、肉厚で美味い。椒も供えられている。その心遣いが良い。左端の椀は、酢醤油だけ。別の一品が入って欲しかった。


あとは、味噌汁とご飯。親父と異なり、私は朝からはビールは飲まない。朝からビールを飲んでいる老人会のメンバーがいたのは、目障りというか癪であった。本当は、自分が飲みたいだけなのだがね。分量から言うとそれ程でもないので、完食。

これだけついて、1泊2食つき8560円である。我々はフリーだが、団体さんが主流なので単価を下げることができる故であろう。と、要らぬ憶測をする。

さて湖山池である。私は、何も知らないのでWikipediaさんにお聞きする。
   
湖山池
湖山池.jpg
所在地日本の旗 日本
鳥取県鳥取市
面積6.99 km2
周囲長18 km
最大水深6.5 m
水面の標高0 m
成因海跡湖
淡水・汽水汽水
湖沼型富栄養湖
透明度0.7 m

湖山池(こやまいけ)

鳥取県鳥取市の北部にある汽水湖である。「」と付く湖沼の中では日本最大の広さである。島根県の神西湖は姉妹湖にあたる。

日本最大の池だということであったが、実際は規模から言ってやはり湖だったんだね。騙された気分である。 Wikiによる解説をつづける。

湖山池は鳥取県内では、中海の次に大きい湖沼である。古代に日本海から湾入した場所が、砂丘の発達や堆積により、海と分離されてできた海跡湖である。大小多数の小島が浮かぶ。
最大の島である青島には、湖岸から架橋されており、桜の木が多数植えられた道路で徒歩や自転車により一周することができ、キャンプも可能である。
数本の河川が流入、湖山川によって日本海と結ばれる。鳥取市郊外の行楽地の一つである。


成程という訳で、納得したのである。元々は(古代には)、だったのである。

旅館からの湖山池眺望。




前日にワイフと散歩したときの湖山池の様子。




風情がありますね。 
岸辺にコノシロの沢山うち上げられていた。海の魚なのに不思議だと思ったが、汽水湖だったので当たり前かな。と分かったようなことを書いたが実は間違い。

塩分濃度の上昇に伴い、生息環境が変化したため、元々存在しない魚介類等が生息し、元来から生息していた魚介類等が絶滅しつつある。

という事情のためである。この湖山池に流れ込む小川に小魚が飛び跳ね、溢れるようにいた。ワカサギかなと言っていたが、今はイワシに違いないと思っている。

この川です。


湖山池から逆にレーク大樹を望む。金の翁が見えている。


こちらは、旅館から見た宿舎周辺の田園風景。
 


旅館の部屋から見た湖山池の景色。2秒動画である。


湖山池の民話紹介をしよう。

ド派手な金の翁像である。 
 



このようなお話である。 福娘童話集から引用: 湖山長者
 
 
湖山長者
 
むかしむかし、因幡の国に湖山長者という、とても欲の深い長者がいました。
 長者の田んぼは大変広かったのですが、家のしきたりで、
その田んぼを一日で植えなければならないのです。
 だから田植えの日には夜も明けないうちから、数え切れないほどの早乙女たちが
ずらりと並んで、いっせいに田植えをはじめるのです。

 ある年の田植えの日の事。
 一匹のサルが子サルをさかさまに背負いながら、山から下りて来ました。
  それを見つけた早乙女たちが、

 「あれ、サルが赤ん坊をさかさにしてるよ」

 「本当だ。今にも落っこちそう」

 「あれ、落ちた」

 「でも、落ちたのに笑っているよ。可愛いいなあ」

と、口々にはやしたてます。
 すると、ほかの場所で田植えをしていた早乙女たちも、「何? 何?」
と、田植えの手を休めて、サルを見ようとしました。
 これに気がついた湖山長者は、

 「こら! 何をしている! 手を休めるな!」

と、大声でどなりました。
 ビックリした早乙女たちはあわてて田植えをはじめましたが、サルに見とれていたため、
その日の日暮れになっても田植えが終わりそうになかったのです。

  家のしきたりを守ろうと、長者はしきりに早乙女をせかしましたが、
どうしても日の暮れるまでに終わらない事がわかると、

 「ようし、こうなればお天道(てんと)さんに戻ってもらうより方法がないわい。
なあに、この湖山長者に出来ん事などない

と、長者は金の扇を開くと、お天道さんを扇であおぎ返しました。
 すると、どうでしょう。
 ふしぎな事に西の山に沈もうとしていたお天道さんが、
扇の風に押されるようにもう一度天に戻ったではありませんか。

 「それ、今の間に苗(なえ)を植えろ!」

  長者が叫ぶと、早乙女たちは急いで田植えを再開しました。
 そしてようやく田植えが終わったとき、それに合わせるようにお天道さまが沈んだのです。

 さて、この話しは遠くの国まで伝わったので、

 「入り日も招き返す勢いとは、この事だ。わはははははは」

と、長者は上機嫌です。

  ですが次の朝、長者は目を覚ますと田植えが終わったばかりの田んぼが、
一面水びたしではありませんか。
 そしてその水はどんどん広がり、長者の屋敷も水の中に沈んでしまいました。

 それから人々は、その時に出来た湖を『湖山池』と呼ぶようになったという事です。
 
おしまい
 
 
普通の威張りや爺さんだね。
金の扇でお天道さんを追い返したと錯覚したのがまずかったのです。
自己過信は、災いのもとである。
 
この湖山池には、遊覧船がでている。
 

 
我々は、時間の関係で乗れなかったが、面白そうなので次回は是非乗ってみたいものである。
私が見たいのは、石がま跡である。
 

このように石を叩いて漁をする。「石がま漁」は魚が冬になると岩場に入る習性を利用した湖山池独特の漁法で、鳥取県の無形民俗文化財に指定されている。数人から10数人で、8時間連続して棒で石を叩く。


1966年に写された漁の動画がある。
 
 
【1966年2月】 石釜漁 冬の鳥取の珍漁法
 
面白い漁法だね。今回はこれでおしまい。 次回 III につづく。
 

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