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2017年6月7日水曜日

ウラムの螺旋

今回は数学雑談で、話題はウラムの螺旋である。 東野圭吾の新作 危険なビーナス を読んでいて、この数学用語が現れた。 


ウラムという数学者は知っていたけど、ウラムの螺旋というのは憶えがない。最近健忘症が進んでいるので、実際は以前何かで読んだことはあるのだが忘れていたのかもしれない。あんまり驚かなかったので、忘れていたのが正しいようだ。 自分の作った定理も忘れているので、これは不思議でも何でもない。

早速検索してみたが、小説で書かれている説明とは随分違っている。 以下Wikiの記事を参考にしている。


スタニスワフ・マルチン・ウラム(Stanisław Marcin Ulam, 1909年4月3日 - 1984年5月13日)

アメリカ合衆国の数学者。ポーランド出身。数学の多くの分野に貢献しており、また水爆の機構の発案者としてその名を残している。

彼はマンハッタン計画にも参加している。 

フォン・ノイマンの招きで原爆開発のための「マンハッタン計画」に参加。
戦後も引き続きロスアラモス国立研究所にて水爆開発に携わり、エドワード・テラーとともに、水爆を爆発させるための基本機構を創案。これは現在、「テラー=ウラム配置」(Teller-Ulam configuration)と呼ばれている。また、核爆発を宇宙ロケットの推進力に利用しようとする「オリオン計画」も彼の発案によるものである。

ウラムの螺旋の説明をWikipediaから拝借する。

ウラムは数字の螺旋を中心の1から始めて、渦巻状に、長方形の格子状に書き下した。

1から49までの数字を螺旋状に並べた

そして素数に印をつけ、次の図を得た。

小さなウラムの螺旋

驚くべきことに、素数は斜め対角線に沿って並ぶ傾向があった。上に示された例に比べれば水平線や垂線はやや目立たないが、やはり明確である。

素数は2を除けば全て奇数である。ウラムの螺旋の構成の方法から、斜め対角線の上に乗っている数字は全て奇数か偶数かのどちらかであるので、全ての素数が一つおきの対角線の上に乗っている事自体は驚くべきことではない。

驚くべきなのはある対角線には他の対角線より多くの素数が乗っている傾向があることである。

より範囲を広げてウラムの螺旋を描いてみても、対角線が浮かび上がることが今までのところ確認されている。


200×200のウラムの螺旋。黒点が素数を示す。
素数高密度に集まった対角線、水平線、垂線がはっきりと見て取れる。


こうした模様は、最初の真ん中の数字が1でなくても同様に現れるように思われる(実際、1よりはるかに大きくできる)。このことはつまり、関数
c
を考え、ここでnを{1, 2, 3, ...}と動くものとし、またbcを整数とするとき、大多数の場合と比べて多くの素数を生成するような整数の組bcが多く存在することを示唆している。

例を見てみよう。



4x2 − 2x + 41(x = 0, 1, 2, ...)で与えられる素数を強調した図。

画像の下半分にある、特に目立つ平行な半直線は、4x2 + 2x + 41に相当する。
あるいは、元の半直線のxが負の整数の場合とも言える。

この特徴的とも言えるパターンが確認されているにも拘らず、未だにこれだけの手掛かりしか得られていない。


ということで、小説では、

「それはたしかに図形にみえた。だがよく見ると、無数の黒い点で構成されているのだった。その並びはランダムなようであり、微妙な規則性をも感じされる、不思議な絵だった」

と書かれている。上の図で見るが如く、素数は無限個あるから平面上で螺旋状に並べると無数の黒い点で構成されているのは当たり前で、対角線がぼんやり現れるというのが微妙な規則性を意味しているのであろう。 図を見ただけでは、その対角線の現れ方に規則性を見る(整数(b,c)の組の出現頻度を知る)ということは不可能であろう。

こんな図は別に不思議な絵ではないし、これとフラクタル図形を結びつけるのは原理的に無理がある。フラクタル図形とは以前解説したように部分と全体との自己相似を旨とする図形で、大体において再帰的(iterative)に構成され、整数論や素数分布とは無関係である。

3Dフラクタル  中学生のための「数学」案内 II  

小説の文章はとても嘘くさいのである。

ウラムの螺旋は、素数分布の一つの表現で、素数の現れ方には規則性がありそうだということを示している。その((b,c)に関する)規則性は明確にされている訳でなく、定式化されていないので予想でさえない。

これに関しては、ハーディ・リトルウッドのF予想というのがある。

F予想ax2 + bx + cabcがすべて整数であり、aが正の整数の場合を考えるものである。

もし係数が1より大きい公約数を持っているか、もしくは判別式Δ = b2 − 4acが平方数であるならば、この多項式は因数分解できるのでxが0, 1, 2, ...の値をとれば合成数を与える。

さらに、a + bcが両方とも偶数であれば、多項式はすべて偶数となり、したがって合成数である(素数2である可能性はある)。

ハーディリトルウッドこうした場合を除外すれば、ax2 + bx + c (x=0, 1, 2, ...)からは無限の素数が生成されると予想した。

ハーディリトルウッドはさらに進んで、ax2 + bx + cから生成される、n以下の素数の個数 P(n)は次の公式で近似できると予想した。

ただし、ここでAabcに依存するが、nには独立な定数である。


この予想は現在まで解かれていない。

特に、多くの素数を生成する多項式として、上で挙げた4x2 − 2x + 41があり、これはウラムの螺旋において視覚的に目立つ半直線を形成している。この多項式はオイラーの素数生成多項式 x2 − x + 41においてのxを2xで置き換えたものである。 専門的になりますが、解説記事としてはこの記事をご覧ください。 オイラーの素数生成多項式の秘密


小説には、私のような退職した数学者が出てきて、今や残された数学上の最大の未解決問題といえるリーマン予想を解こうとしている。これは難問中の難問で、アメリカのクレイ数学研究所では、リーマン予想を解決した人に1億円の賞金を用意している。この賞金を目当てにしたのかもしれぬ。

後天的サヴァン症候群(こんな後天的症候群は存在しない)により精緻なフラクタル絵画を書くようになった主人公の父親がいて、彼はその絵画「寛恕の網」を残したのだが、それに素数の秘密が隠されている。その絵画を我が物にしようとして、老数学者は年に似合わず色々と暗躍するのである。

その退職数学者に

「・・・ あの絵を解析すれば、素数という数学界最大の謎が解かれ、長年の難問であるリーマン予想にさえも決着がつけられるかもしれんのだよ」

と言わせている。

絵画をコンピュータ解析すれば規則性は見つかるかもしれんが、フラクタル絵画ならば所詮はその再帰的構成メカニズムの発見で素数分布とは何の関連もない。したがってリーマン予想に繋がる訳がない。

それにたった1枚の絵画の持つデータに、必要な数学理論の構造を含ませることはできないだろう。現在の数学理論で解けていないということは、その論理構造よりも巨大もしくは複雑なものを作らない限り、問題は解けないということです。リーマン予想は、四色問題のようなコンピュータを用いるelephant proof を認容するような有限問題ではない。

以上説明したように、とっても 嘘くさいセリフなのである。 

退職して時間が自由になっても、リーマン予想を解こうなどどいう無謀な事は考えないのが大多数の研究者です。誰も知らぬ抜け道を通ると解決に達するとかいう問題ではないですからね。

私はこの動機の部分であほくさいと思いました。脳医学に関する部分も信じがたい部分があります。ともあれそれは枝葉末節ではないが小説の一部です。小説自体は結構面白く読めます。
決してこの小説をけなしている訳ではありません。念のため書いておきます。

ここで、リーマン予想について簡単に説明を加えておく。Wikipediaから要約する。

リーマン予想

リーマンは素数の分布に関する研究を行っている際にオイラーが研究していたつぎの級数をゼータ関数と名づけ、解析接続を用いて複素数全体への拡張を行った。

ゼータ関数を次のように定義する(s は実部が 1 より大きい複素数とする。このとき、この級数は絶対収束する)。
1859年にリーマンは自身の論文の中で、複素数全体 (s ≠ 1) へゼータ関数を拡張した場合、
ζ(s) の自明でない零点 s は、全て実部が 1/2 の直線上に存在する。
と予想した。ここに、自明な零点とは負の偶数 (−2, −4, −6, …...) のことである。

自明でない零点は 0 < Re s < 1の範囲にしか存在しないことが知られており、この範囲を臨界帯という。

なお素数定理はリーマン予想と同値な近似公式からの帰結であるが、素数定理自体はリーマン予想がなくとも証明できる。

素数定理       ここで、 π(x) はx 以下の素数の個数を表す。
ただし、f(x)g(x) は    を表す記号とする。

良く知られているように、この素数定理はつぎのように書き直される:

 Li(x):=x2dtlogt    とする。このとき、素数定理は  と同値である。

この注意は歴史的には重要なことで、実際リーマンがはっきりとは素数定理を証明できなかった理由はリーマン予想の正否にこだわっていたためであると思われている。

現在もリーマン予想は解決されていない。数学における最も重要な未解決問題の一つである。

最近では、虚部が小さい方から10兆個 (X. Gourdon and P. Demichel,2004) までの複素零点はすべてリーマン予想を満たすことが計算されており、現在までにまだ反例は知られていない。

現在では多くの数学者がリーマン予想は正しいと考えているようである。しかし無限にある零点からみれば有限に過ぎない10兆個程度の零点の例などは零点分布の真の姿を反映するには至らないとして、この計算結果に対して慎重な数学者もいる。歴史上有名な数学者の中でもリーマン予想を疑っていた数学者はいる。


ポアンカレ予想 もフェルマーの最終定理 も解決されたので、残るはこれと P≠NP予想くらいですね。

超難問ですが、リーマン予想は既存の理論の枠内で、解くのは難しいと思っています。確信はもてませんが、新しい理論が必要なのではないでしょうか。

リーマン予想に挑戦して敗れた多くの天才的数学者がいるのは周知の事実です。しかし小説のよに死ぬまでこの問題に挑む研究者はいます。ルイ・ド・ブランジュ博士です。

つぎの動画には、その研究の歴史や量子物理との関連が解説されている。



〔NHKスペシャル〕魔性の難問 ~リーマン予想・天才たちの戦い~
 
これでおしまい。

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