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2018年10月27日土曜日

奈良 奈良公園 猿沢池

奈良公園探訪のつづきに戻って今回は猿沢池の紹介である。
南円堂の石段を下ったところに猿沢池がある。小さな池であるがその周辺が猿沢池園地として整備され市民や観光客の憩いの場所となっている。コンビニが近くにあり、私はおにぎりとお茶を買って休憩所で周囲の風景を楽しみました。
この池には古い由緒があるのではと思ってWikiで調べてみた。

猿沢池(さるさわいけ、さるさわのいけ)

奈良県奈良市の奈良公園にある周囲360メートルの池。興福寺五重塔が周囲の柳と一緒に水面に映る風景はとても美しく、「猿沢池月」 は南都八景のひとつとなっている。 
興福寺が行う「放生会」の放生池として、天平21年(749年)に造られた人工池である。放生会とは、万物の生命をいつくしみ、捕らえられた生き物を野に放つ宗教儀式である。



ということで仏教儀式のため掘られた奈良時代の人工池でした。

猿沢池  池中に石碑があるが采女神社と関連があるかは不明(調べていない)。


池の傍にある 采女神社


解説版
采女神社(うねめじんじゃ)は、帝の寵愛が衰えたことを嘆き悲しんで入水した采女を慰めるために建てられたという。

本殿  写しそこねたのでこの写真は「奈良町歩き風景紀行」から拝借しました。



奈良公園の案内ページでは、

神社の本殿は「西向き」、鳥居には背を向ける形になっており、一般の神社ではまずありえないような構造となっています。これは采女の霊が自らが身を投げた池を見ることが忍びないとして、自ら社殿を西向きにしたという伝承が伝わっています。

と記載されている。写真を見てエッと思った。社殿の写真を写さなかったので気が付かなかったのだ。

猿沢池から五重塔を望む


猿沢池横の率川にある

率川地蔵尊 




奈良公園ガイドから:

尾花谷地蔵尊」とも呼ばれることがある地蔵尊は、「中州」もしくは「舟形」のような形で小さな川(率川)の水流を二分する位置に設けられたユニークな存在となっており、その「ハコ」の中には大量の石仏が所狭しと並べられています。ちなみに、並べられる石仏たちは元よりここで地蔵尊として設けられていたものではなく、周囲の河川工事の際に見つかった大量の石仏を一か所に集める形で「率川地蔵尊」として成立したものであるとされています。


石仏の集団移転先だったのです。

猿沢池から南円堂を望む


猿沢池には七不思議が存在する。



  • 澄まず
  • 濁らず
  • 出ず
  • 入らず
  • 蛙はわかず
  • 藻は生えず
  • 魚が七分に水三分

猿沢池の水は、決して澄むことなくまたひどく濁ることもない。
水が流入する川はなくまた流出する川もないのに、常に一定の水量を保っている。
はたくさんいるが、なぜかはいない。
なぜかも生えない。
毎年多くのが放たれているので増える一方であるにもかかわらず、魚であふれる様子がない。水より魚の方が多くてもおかしくないような池。

という七不思議でした。


最期に休憩所から仰ぎ見る五重塔


これでおしまい。

2018年10月24日水曜日

奈良 興福寺 II

今回は興福寺訪問の後編である。1回で済ます積りだったがへたばってしまい、続けられなかった。ここで書くべきことではないが、早朝の高血圧がつづき先日は鼻血がドバーとでた。その日は主夫業をさぼって半日寝ていたが、それ以来あんまり体調がよくない。年寄の鼻血ブーは精力お盛んではないのだ。

ということで、殆ど自分のために書いているのだが、せっかくブログ書きを再開したのだけど手抜きをさせて頂きました。

北円堂  こちらも八角堂だが南円堂に比べると地味ですね。

この北円堂は、鎌倉時代前期・承元4年(1210年)に再建されたもの。屋根を一重、本瓦葺とする八角円堂である1897年(明治30年)12月28日、当時の古社寺保存法に基づく特別保護建造物(文化財保護法における「重要文化財」に相当)に指定


柵がされてあるように現在は入堂禁止になっている。堂内には国宝の木造無著菩薩・世親菩薩立像が安置されている。

無著像 世親像
無著像
世親像


邪魔な柵を取っ払う(柵の間から撮影しただけ)と北円堂の美しいお姿が現れる。南円塔に比べると質素な佇まいである。


西金堂跡から眺めた南円堂


見学したかった 国宝 三重塔 である。

由緒版  細い文字は消えかかっていて読めなくなっている。




国宝 三重塔

この三重塔は、鎌倉時代前期の再建(正確な建立年次は不明)とされる。本瓦葺三間三重塔婆である。


優美なお姿ですね。近づいて屋根の構造を見る。飾りは少なく比較的シンプルである。



初層屋根部分の拡大



別角度から眺めた三重塔



素人ながら国宝の名に値する優美な建築物だと思います。

三重塔の向かいに置かれている

摩利支天石

由緒は次のようである。

隠れ身」の術に関わる神 摩利支天 をお祀りする巨石である。

巨石
は元々はこの場所ではなく、興福寺の子院であった宝蔵院にあり、そこで丁寧に祀られていたものである。現在の位置で言うと奈良国立博物館周辺に置かれていた。その後明治に入り興福寺が一気に荒廃を深める中で宝蔵院も無くなることになり、その廃寺となった敷地に巨石だけが放置されていた所を篤志家により引き取られ、その後長い期間を経て平成11年になって現在の興福寺の敷地内へと移転された。



引き取った篤志家は漢方医で医業の守り神として保管していたそうです。

再度南円堂のお姿を木々の隙間から拝んで



興福寺に別れを告げた。興福寺編はこれでおしまい。

2018年10月23日火曜日

奈良 興福寺 I

まづ 奈良公園 登大路園地での鹿の写真  単なる趣味の動物写真です。


ということで、奈良世界遺産シリーズに戻って今回は興福寺の紹介である。300年ぶりに中金堂が復元され特別拝観が20日から始まりました。この記事の取材時は14日なのでまだ公開はされていませんでした。

Wikiから興福寺の解説記事を引用する。


興福寺


五重塔と東金堂(共に国宝)


所在地  奈良県奈良市登大路町48番地

宗派  法相宗
寺格  大本山
本尊  釈迦如来
創建年  天智天皇8年(669年)
開基  藤原不比等
札所等  西国三十三所9番(南円堂)
南都七大寺2番
西国薬師四十九霊場4番(東金堂)
神仏霊場巡拝の道16番
大和北部八十八ヶ所霊場 第62番(菩提院)
文化財 五重塔、木造弥勒仏坐像、乾漆八部衆像ほか (国宝)
南円堂、木造薬王菩薩、薬上菩薩立像ほか(重要文化財)


世界遺産


興福寺(こうふくじ)

奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の仏教寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。南円堂は西国三十三所第9番札所である。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。 

境内地図





バス停の県庁前で降りて五重塔をめざす。


垂れ幕の奥に姿を現わす 中金堂 
14日の時点ではまだ足組が残っていますね。


復元記念式典の準備は整いつつある。







目標としての五重塔に到着。


東金堂  秀麗で荘厳な感じの建築物ですね。勿論国宝で、室町時代中期の応永33年(1426年)に再建された建造物である。
堂内には国宝、重文クラスの仏像が祀られているが今回は時間の関係で拝観できない。



東金堂 側面



東金堂の敷地にある 花乃松石碑歌碑

弘法大師が永代の花として捧げた花の松を忍ぶよすがとして建立された。




国宝 興福寺 五重塔

現存するこの塔は、室町時代中期・応永33年(1426年)に再建された。本瓦葺の三間五重塔である。



初層の須弥壇に上記の仏像が安置されている。



たまたまだがそのうち薬師三尊像の画像を見つけたので引用する。引用元も引用で出典は不明。


五重塔前 石灯籠  室町時代後期に奉献されたとある。そんじょそこらにある石灯籠よりはるかに古いのです。


下から見上げる五重塔 

初層 屋根部分  複雑で手の込んだ組木構造になっている。


 南円堂

この現存する南円堂は、江戸時代中期 寛保元年(1741年)に再建されたもの。屋根を一重、本瓦葺とする八角円堂で、正面に拝所が付属する。1986年(昭和61年)12月20日 、文化財保護法に基づく重要文化財に指定された。 

由緒版


南円堂正面

南円堂前 石灯籠  これも室町時代のもの。

青銅製常夜灯  玉垣に囲まれて鎮座している。こちらは平成の新灯篭である。


玉垣の中に鋼板があり 作家の陳舜臣による 平成観音讃 読み下し文 が祀られている。

大いなるかな観世音菩薩
・・・・


南円堂 参拝門

西国三十三か所 第九番札所 でもある。 
札所額 

春の日は 南円堂にかがやきて
 三笠の山に 晴るるうす雲



側面


 賓頭盧尊者をまつる

南円堂横の 一言観音堂

 鐘撞堂


手水舎


不動明王を祀る

南円堂から猿沢の池に下る石段



石段横には赤い幟が立ち並んでいる。それには御本尊である 不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのんぼさつ)の名が記されている。




石段横の芝生に祀られている地蔵尊  水かけ地蔵さんですね。私も手を合わせました。


小地蔵尊  私は堂内の秘仏よりこんな野仏が好きみたいです。


南円堂 堂碑


今回はこれでおしまい。次回は北円堂三重塔の紹介である。