暖かくなってきたせいか、淡路島でも桜が咲き始めている。 天気は良くなってきた。
丸山地区にある、うずしお温泉 繁栄荘。 ここでは、鯛の宝楽焼とか鯛の活造りが食べられる。
私は、雑貨店でご飯とカップうどん、野菜天ぷらのパックを購入し、そのお店で食べさせていただいた。ここは食堂でもないのに、申し訳なかった。グルメとはほど遠い、安上がりの昼飯であった。
丸山漁港周辺の景色を見ていこう。 海に流れ込む小さな川に架かるたいりょうばしの欄干の上に鎮座するえびっさん。いぶし瓦でできている。近くに瓦の町、津井がある故である。
欄干は、勿論瓦製である。瓦には、色んな意匠が施されている。
地元の方に伺うと、津井での瓦産業は斜陽だそうだ。瓦の葺き替えしか需要がなく、新規の瓦ぶきの邸宅を建てる人は殆どいない。阪神淡路大震災で、瓦ぶきの家はその重さでぺっしゃんこになったので、新築は新建材を使うようになったからだ。こんな所にも震災の影響がある。
天気が良くなってきたので、のどかな漁港の風景を撮りました。しばし、お楽しみください。
山側を眺めると、このように南淡路ウインドファームの風車群がみえる。
さて、丸山漁港の海の展望広場に着きました。 この広場の中心にあるのが、魚彩館である。 交通案内によると、このようになっている。
これが、魚彩館の建物。海産物や野菜、お土産などを販売している。
広場にある、巨大テント。
ここから、遥かに鳴門大橋を望むことができる。霞みがでてきており、くっきりとは見えぬ。
丸橋の向こうに見えるのが弁天島。海釣り公園になっている。
弁天島にいたる、短い海岸線の様子。
海水は澄んでいる。
ここで、丸山漁港の豆知識。 淡路島観光ガイド・あわじナビ より引用。
丸山漁港は淡路地域でも有数の大規模な漁港であり、鳴門ワカメやノリの養殖場もあります。
昔から釣り客も多く、周辺の旅館や民宿では新鮮な魚介類を使った郷土料理が味わえると、観光客に評判です。
特に丸山港でとれた鯛は「献上鯛」といわれ、大正・昭和・平成と三代にわたって天皇陛下に献上されたことで有名です。
近漁港内には250mの 弁天島をまるごと釣り場にした「丸山海釣り公園」や、獲れたての海産物を直売する物産館「魚彩館」などが作られ、観光漁港として整備されています。
底引き網、定着網などいろいろな漁法による体験漁業も行なわれています。
住所 | 〒656-0661 兵庫県南あわじ市阿那賀 |
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TEL | 0799-39-0005 |
備考 | 産直:7月~9月毎週日曜 8:00~11:00 「魚彩館」横広場にて魚介類、野菜など |
ということだ。ここでは、とれたて朝市が開かれ、新鮮な魚介類が販売されている。
またもや、淡路観光協会の回し者になりました。
公園から海側を望む。 穏やかな海である。
波止場から、一艘の漁船が出港する。ご夫婦で、わかめ取りに行かれるのではないか。
テント下では、福井から来られたアマチュア無線のグループが、無線の実況をやっていた。モールス信号と音声による交信である。私より年配の方が、通信機器を楽しそうに操作して交信されていた。九州から北海道まで、日本全国の局や船舶と交信できるとのこと。年をとっても変わらず楽しめる趣味があるというのは、いいことだね。と、無趣味な私は思うのであった。
この日のハイキングは、丸山漁港を起点としてウインドファームの周辺を一周する予定あった。 バス道に沿ってだから、3時間位かと思ったが、実際は4時間半もかかってしまった。周辺地図を持ってこなかったので、最短経路が見つけられなかった。こんな所を徒歩で周る奴は誰もいない。瘋癲旅行であるが故の暴挙である。
それで、その一周コースで見つけた神社とかお寺、周囲の風景を写していくのであった。 名のない所ばかりなので、珍しいかもしれぬ。
淡路島のどこにでもある、蛭子神社。震災後に立て直されたものであろう。石の鳥居も新しいし、拝殿の入り口はサッシの扉である。
丸山漁港を少し離れると、風車群はこのように見える。
海岸線の道路を歩く。ふと登り階段をみつける。
道路脇の小高い丘にある、日吉神社への登り口である。
この神社は淡路島観光ナビで検索しても出てこない、小さな神社である。
地図では、北阿万筒井 日吉神社と思えるが画像は全くなし。
鳥居が新しい。この神社も、震災後建てなおしている。
拝殿と狛犬。屋根瓦は新しいが、拝殿自体は古いので震災後も一部は残ったのだろう。
海岸線に沿っての道路を延々歩いていく訳だが、その景色は美しい。
打ち寄せられているのは、ワカメ。
道路脇にある、不動明王を祀ってある祠。こんな所にもお参りをされる方がいるのであろう。
その奥は、小さな滝になっている。
このように崖になっている箇所もある。 流木がテトラポットに掛っている。
海岸線に打ち上げられた流木。こんなのを何とか利用できないかと考えて流木アートが生み出されたのである。 流木彫刻
テトラポットの連なりというのは、何か景色にそぐわなくて目障りですね。
また道路脇にお地蔵様を発見。
この横は、段々畑になっていて、
隅っこに浮網大明神の石碑が残されている。 かっての漁村の名残だね。
海岸道路を1時間と少し歩くと、津井の町にはいる。向かいに見えるのは、雁子岬。
瓦の町だけあって、塀も瓦造りである。
瓦の製造工場の後に聳え立つのが、風車。
あんぱんまんの「こども通行注意」の標識。面白いね。
津井の町の風景。 ここも瓦の製造工場と思えるが、よくわからん。雑木が山の斜面半分きり倒されている。マキに使うのだろう。
ここが 津井 春日神社 である。 道路から少し奥まった場所にある。
その鳥居。
拝殿
手水舎。何と、手ぬぐいがかかっている。
社
ご神木
狛犬
境内。 ご祭神については、調査不足で現在不明。
この神社では、春祭りに 『的射の儀』 が行われる。
津井 春日神社春祭り『的射の儀』
南あわじ市津井にて春日神社春祭りが行われ、江戸時代から今日まで受け継がれ、的を射て悪霊を払い五穀豊穣・家内安全を祈願する、古式・古風を残す 南あわじ市指定重要無形民俗文化財の『的射の儀』が行われた。
淡路島観光ガイドの資料によると、このような儀式である。
儀式の画像も発見。
面白そうだね。機会があれば見に行きたいものだ。
ここから再び道路にでて、平地を歩く。周辺は畑ばっかりである。もう淡路名物の玉ねぎが大分伸びている。
のどかな田園風景。
いぶし瓦の倉庫。
今満開の時期にある、ラッパ水仙。畑の横に植えられていました。
農家の庭先では、まだ水仙が咲いていました。
途中、このような真新しい石碑があった。 和心豊穣とある。 開発事業計画の記念碑だね。
再び田んぼや畑の道。
山側を望むと、風車群が見えてきた。
日が暮れてきた。3時間は歩いている。山道の道路を登っていく。このような看板があった。現在工事中で、南あわじウインドファームは見学できない。
風車が身近に見える。この坂をこえると、丸山漁港である。
そして宿舎についたのは、6時半を過ぎていたのである。
外は、真っ暗になりつつあった。 ああ草臥れた。
この日はこれでおしまい。 次回につづく。
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