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2015年9月12日土曜日

兵庫住吉神社、御崎厄除八幡宮、三石神社

兵庫新川運河と清盛塚に引きつづき神戸兵庫の神社案内。今回は、マイナーな三神社の紹介をする。

最初は、清盛塚のお隣にあった住吉神社。全国あちこち(600社)に住吉神社があるが、この神社は兵庫之津 住吉神社である。



 調べてみると、近畿地方だけでこれだけある。びっくりである。

近畿地方
  • 住吉神社 (桑名市) - 三重県桑名市
  • 住吉神社 (高島市) - 滋賀県高島市
  • 住吉神社 (京都市下京区醒ヶ井) - 京都府京都市下京区
  • 住吉神社 (南丹市) - 京都府南丹市八木町西田山崎
  • 住吉神社 (大阪市西淀川区) - 大阪府大阪市西淀川区野里
  • 住吉神社 (寝屋川市) - 大阪府寝屋川市
  • 住吉神社 (河内長野市) - 大阪府河内長野市小山田町
  • 住吉神社 (交野市) - 大阪府交野市
  • 住吉神社 (神戸市兵庫区) - 兵庫県神戸市兵庫区切戸町
  • 住吉神社 (明石市) - 兵庫県明石市魚住町
  • 住吉神社 (加古川市) - 兵庫県加古川市
  • 住吉神社 (宝塚市) - 兵庫県宝塚市安倉
  • 住吉神社 (小野市) - 兵庫県小野市垂井町
  • 住吉神社 (三田市) - 兵庫県三田市大川瀬
  • 住吉神社 (加西市) - 兵庫県加西市北条町
  • 住吉神社 (加東市上鴨川) - 兵庫県加東市上鴨川

Wikipediaには、この神社の記述はない。それで、神戸市兵庫区の広報を基にして紹介する。
 
兵庫之津 住吉神社

創建は、この兵庫津に明治10年運河(新川)が完成し、船の退避、通運が安全になり、地元住民が海の守護神である 住吉大神を勧請 しようとの熱意がたかまり、 大阪の住吉大社 より、ご勧請することとなった。
だから大阪の住吉大社が起源なんだね。

住民の敷地奉献により、約700坪の境内地を造成し、社殿を竣工し明治11年6月3日遷座奉祝祭を斎行された。

大正12年に、周辺の市電整備などにより、 清盛塚 が境内の一角に移設され、現在共存しています。 
 
清盛塚の隣でなく、住吉神社の境内に清盛塚があるのです。大いなる錯覚でした。
 
戦災により焼失し、昭和39年に再建された。
 

御祭神上筒之男命、中筒之男命、底筒之男命神功皇后

神功皇后こと息長足姫 (おきながたらしひめ) 命

 
 
残りの三柱は、住吉三神と呼ばれる海人族の神々である。画像は省略。

表筒男命上筒之男命)
鳴門の海岸一帯を支配し淡路、奈良大倭に進出した大倭の神(速吸宇豆彦)

底筒男命
徳島県南部海岸を支配した長国の神(大国主命、事代主命)

中筒男命
北に続く小松島市、徳島市の海岸を支配した阿曇の神(和多都美豊玉比賣命)

航海安全、陸上交通安全の神として知られている。


鳥居

 
常夜灯
 拝殿

なぜか拝殿の隣に置かれていた木彫りの象の置物。


その境内にある社内神社である橋木稲荷大明神の鳥居2基と社。


お狐様 こいつはそんなに怖い顔はしていない。


八幡神社 

 
つぎは、御崎厄除八幡宮



由緒



三韓遠征からの帰途、神功皇后の乗った船がこの辺りで潮に巻き込まれて前に進まなくなった事から、和田岬に上陸して卜占を行うなど暫くこの地にとどまったそうです。その時の滞在地が、現在御崎八幡神社が建っている土地だと言われている。

社伝によると、御崎八幡神社神功皇后の故事ゆかりのこの地に、9世紀中ごろの貞観年間(859~876年)に神託を受けて創建されたとされる。

御祭神: 応神天皇、神功皇后、姫大神

姫大神

鳥居


 
 

拝殿
 


手水舎

拝殿の正面写真
 
狛犬2基
 

 
境内社の豊賀稲荷神社
 
最後に三石神社。この神社は、地理的には少し離れていて和田神社のお隣にある。和田神社
 
この神社は小さいけれど、由緒ある神社である。三石神社ホームページより。
 
本殿
 
 
 
由来
 
三石神社の鎮座地である和田岬は、神功(じんぐう)皇后摂政元年(200年)、凱旋の帰途上陸され、三つの石を立てて神占いをした結果、廣田・生田・長田・住吉の神々を
其の地に祀らしめた儀式の地である。 
 
後、推古天皇(602年)がこの地に来られ、ミゾギをされたので、祓殿塚(はらいどののつか)といい、玉座とされた石を三石という。(『摂津名所図会』)
 
天平年間(730年頃)僧行基が務古の水門なる和田泊を興した時、神功皇后の神霊が現れ、
往来の船を守らんとすと誨えたため、祓殿の旧跡に祠を立て大輸田泊の鎮護とし、
神号を往来神・雪気神(ゆきけのかみ)とした。(『西摂大観』)
 
御祭神: 天照皇大伸神功皇后、素戔嗚尊
 
 
 
鳥居
 

由来に記したごとく、神功皇后上陸の地なのである。


手水舎

 
神功皇后像と幼き応神天皇を抱きた武内宿禰像 



境内社の三好稲荷神社

三石の遺跡

 
お百度石の後に、なにやら船のプロペラがある。

そういえば、兵庫七福神最後の真光寺の紹介が済んでいない。近々取材に行く積りだが、膝が相変わらず痛いのでいつになるかね・・・。 柳原天神社と満福寺

今回はこれでおしまい。
 
 

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