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2015年11月21日土曜日

鳥取の淀江傘

3日前にふと思いついて書いた記事です。その時は、ずっと雨が続いていた。

雨が続いてますね。外出するには、傘が必要だ。そこで、今回は傘の話。私も小さいころは、蝙蝠傘でなく、番傘をさしたことがある。


こんな洒落た奴ではないけど、油を染み込ませた厚紙で張ってありました。むしろ、この黄色と黒の番傘です。プーンと油の匂いがする。これがまた重たいんですよね。



これから見て行きたいのは、伝統工芸としての鳥取淀江傘です。

ちと古いが、西ナビの6月号の表紙が鳥取淀江傘である。いつものように、西ナビの表紙写真に関連した記事を書こうと思っていて、すっかり忘れてしまっていたのだが、雨が続いて思い出したのである。相変わらずのお手軽な発想である。 細工蒲鉾  石川の金沢箔   京うちわ  

記事を引用する。

傘の産地の一つ、鳥取県米子市淀江町
広い砂浜に、1万本以上の傘を一度に干すことができたこと、良質の竹材が入手しやすい土地柄だったことなどが傘の製造に適していたという。

壮観ですね。

 
 
 
文政4年(1821年)、倉吉から淀江に来た倉吉屋周蔵が傘屋を始めたことが淀江傘の歴史の始まりです。土地柄、竹材が入手しやすく、傘を大量に干すことができる日野川の流砂が堆積した砂浜もあり、大正時代には製造業者が71軒、年間生産量が17万本にものぼり、西日本一円に出荷するまでに成長しました。
しかし、洋傘が普及し始めるようになると、徐々に生産量は減っていき、1984年をもって淀江傘の製造業者はすべて廃業しました。



現在では「淀江傘伝承の会」の皆さんの手で伝統を守りながら作られています。

風雪に負けない丈夫さと、独特の美しい糸飾りは他に類がなく、その技術は「米子市無形文化財」に指定されている。
 現在「和傘伝承館」を拠点に伝統工芸として作り継がれ全国から改めて注目を集めている。



1本の竹から和傘を完成させるまで70以上の行程がある。そのプロセスの一部。

 
 
 
和傘の中にある本桔梗の糸飾りは、淀江傘独自のものといわれている。見事なものですね。








それでは、淀江傘の写真集。



 
 
 
 
 

これでおしまい。

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