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2015年11月23日月曜日

脇浜 南宮宇佐八幡神社

神戸の神社紹介は、私のライフワークの一つになっているが(ウソです)、今回は都会の片隅に追いやられてしまった神社の紹介。阪神高速3号線の高架の脇にある 脇浜 南宮宇佐八幡神社 がそれである。非常に狭い敷地内に鎮座なされている。周辺の道路と民家で押し込まれたような風情である。境内といえるものはない。勿論Wikiなどには、掲載されるはずもなく、以下記述は兵庫県神社庁のお力にたよるしか術はない。これとて記述は少ない。 南宮宇佐八幡神社

高速3号線高架下からの写真。

手前高架下が、駐車場のようになっている。




ご祭神:

応神天皇



由緒:

創建は古書によるとつぎのように伝えられている。
「建武3年(1336)楠木正成、足利専氏追討の命を奉じ、兵庫に出陣の途次、当脇浜に同志を集め休息せし時遥に八幡宮を拝して湊川に下向し、勝利をおさめた。依って村民等其の跡地南宮川畔に八幡神社を勧請し、脇浜村の鎮守として尊崇怠りなし」
また、伝承によれば南宮楠宮の木偏を後になって略される、即ち楠が南になったものとも伝えられ、明治6年(1873)に村社に列せられた。

もともと小規模の神社だったのだが、それにしても敷地が小さすぎる。神戸製鋼所によって(政府の方針で)削られたのではないだろうか(憶測です)?

 社殿は昭和7年(1932)9月、大々的に現在地に造営し、さらに葺合の村社宇佐八幡神社を合祀し、社名を南宮宇佐八幡神社と改称して、社頭の整備を完成した。

葺合区の宇佐八幡神社まで合祀してこの狭さだから、かって国家権力により縮小されたと思って間違いはないだろう。嫌な憶測を書いてしまった。社頭の整備と書いてあるが、それ以外の部分がどうなったか気にはなる。

この神社には常駐の宮司はおらず、秋の大祭の時(10月第三日曜日)などには生田神社から宮司がお見えになり、神事を執り行っています。

神戸の神社ーー生田神社  

日本中の多くの神社が宮司不在、もしくは多くの神社を掛け持ちで神事を行っている。氏子の減少のため、神社の維持管理が困難になってきているという。何とかしないと、神社自体が荒廃し消滅してしまう。国の文化財保護予算をなんとかまわせないものですかね。

それでは、神社の写真紹介。



鳥居



去る平成7年(1995)の阪神淡路大震災による社殿社務所倒壊の甚大な被害を被ったが、平成11年(1999)9月に竣工。

とあるので、鳥居その他の建物は新しい。

由緒書の看板



常夜灯   後が高速3号線。


手水舎  ここにも鯉がいる。

拝殿

合祀された、宇佐八幡宮南宮八幡宮神社額と鈴。


狛犬二基

 
本殿の屋根
 
 

社内社の脇浜稲荷神社
 
 

お狐様  なぜか三匹なのである。 後方の二匹は新しく造られたもの。想像するに、一匹は地震で壊れた?



社内社の金毘羅社

 
同じく 戎神社

 
これらが、所狭しと並んでいるのであった。神社の紹介は、以上。

南宮宇佐八幡神社から少し、離れた所にあった子安地蔵尊



とても色っぽい表情のお地蔵様です。


これでおしまい。

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