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2016年10月27日木曜日

加西市 善防山ハイキング

かっての教え子であり、現在は大阪教育大学の教授を務めているIさんから、ハイキング+グルメのお誘いがあった。年に数回だが、彼は季節の良い時に私の無聊を慰めるべくハイキングに誘ってくださる。毎回の事だが、有難いことである。そのハイキング記事を何度か書かせて頂いた。

菊水山 ハイキング  宝塚周辺ハイキングとグルメ  加古川高御位山ハイキング I 加古川高御位山ハイキング I 

当初予定していた日は、こちらの都合がつかず1週間遅れて10月23日に決行することになった。今回は、JR加古川線粟生駅まで行き、そこで北条鉄道に乗り換えて播磨下里駅で下車、そこから善防山をトレッキングして、再び播磨下里駅に戻ってくるコースであった。

加古川 → 粟生 → 播磨下里 → 善防山 → 播磨下里 → 粟生 → 加古川

コースの選定とか道案内は全てIさんがやってくれるので、こちらは気楽なもので遅れないようについて行くだけである。そして念のため杖はチャンと持ってきたのである。

そのハイキング日誌を始める。Iさんとの待ち合わせは、加古川線西脇方面の12時42分発の列車でという事であった。

加古川駅の加古川線プラットホーム。それで、谷川行きの列車に乗り込んだ訳である。


プラットホームの待合室ですでにIさんは待っていてくれた。


25分ほどで、粟生駅に着く。ここはJR神戸電鉄神戸市営地下鉄後注:北条鉄道の間違いの基点駅になっている。3線が入っているので、賑やかなターミナルと思いきや小さな田舎の駅です。

粟生駅での北条鉄道ラッピング電車。この車両に乗り込んだ訳である。


ピンクの車体。 ボディーには HOJYO RAILWAY とある。


ワンマンカーですが、良いですね。こんなのを見ると嬉しくなる。
古いタイプの車両だが、車内はなかなか綺麗に整備されています。


北条鉄道の路線図はこれ。



粟生から4駅目が播磨下里駅。25分程で到着。 この駅は無人駅だが、一風変わっていて駅舎と寺院とが一緒になっている。最も寺院の部分は、この日は閉鎖されていたので寺院とは解らなくなっている。

古い駅の掲示板。 駅舎に貼り付けてある。


新しいのはこちら。


駅舎とプラットホームは、登録有形文化財になっている。
見た限りではそんなに貴重なものとは思えないが、そうなのである。


Wikipediaには、当然だがこの駅の記載がある。


播磨下里駅
Harima-Shimosato stn.jpg
はりましもさと - Harimashimosato
法華口 (1.9km)
(1.8km) 長
所在地兵庫県加西市王子町野中
北緯34度53分11.62秒
東経134度50分23.98秒
座標: 北緯34度53分11.62秒 東経134度50分23.98秒
所属事業者北条鉄道
所属路線北条線
キロ程8.0km(粟生起点)
電報略号シモ
駅構造地上駅
ホーム1面1線
開業年月日1917年(大正6年)8月14日
備考委託駅


播磨下里駅(はりましもさとえき)

兵庫県加西市王子町野中にある北条鉄道北条線の駅。
基本的には無人駅だが、特定の日を寺院「下里庵」として駅事務室を開放しており、この日に限って管理を受託している住職ボランティア駅長として、乗車券の臨時委託発売を行う。
2006年(平成18年)北条鉄道が活性化と無人駅荒廃防止のためにボランティア駅長を制定する。公募により、鉄道趣味のある僧侶が応募して、駅と寺院を合体した下里庵を開設した。

駅舎にある展示物。親子猿の木像(皮は本物かもしれぬ)や石仏などがあり、駅舎とは思えない!



駅ホームには石庭が整備されている。 その中の歌碑。 


歴史は古き下の里
見守りつづける 善防の山

とありますが、作者は知りません。

種田山頭火の句が書かれた看板。 四季を代表する俳句が挙げられている。


私の好きな句

さて どちらに行かう 風が吹く

うしろすがたの しぐれてゆくか

が書かれてある。 こんな姿で日本各地を漂泊し人の心をうつ数々の俳句を残したのである。



石蛙  背中に子蛙をのっけている像はよくありますね。



播磨下里駅の説明はこれ位にする。駅前に加西アルプスのトレッキングマップが立てられいる。



駅近くの農家から望む善防山


駅前から田圃の畦道を横切って


さらには大きなため池(皿池)を横手にみて歩を進める。


更に15分ほど歩くと、登山の出発点(登山コースから言えば降り口)である、古法華自然公園の入口に着く。

石碑  


ここから急な坂道を登っていく。 10分程歩くとこのような標識があり、


吊り橋が見える。


我々はこの橋を渡らず善防山山頂へと向かう。私は、今度機会があればこの吊り橋を渡ってみたいと思ったのであった。


岩場はキツイものの、靴との摩擦が強く足元が滑ることはないので、却って歩きやすい。

眼下の加西市の町並み。


加西アルプスの風景



40分ほどで善防山山頂に到着。 標高251mである。そんなに高くはない。山頂の標識が立てられており、大きな岩が周りに幾つもある。


善防山城跡の説明板


室町時代には、ここに善防山城が築かれていたそうである。意外にもWikipedia に書きかけ記事とはいえ記載があった。

善防山城 (ぜんぼうさんじょう)

室町時代に現在の兵庫県加西市三口町の善防山(標高251m)にあった日本の城(山城)。


築城年代は明らかではないが、築城主は赤松義則の八男である赤松刑部(左馬介)則繁である。
嘉吉の乱(1441年)で将軍足利義教の暗殺に成功した赤松則繁は敵の追撃も受けず悠々と播磨に戻ったが、その後赤松氏は山名勢の攻撃を受けて城ノ山城に篭ったため善防山城はあっけなく山名勢の前に陥落した。この合戦はかなり凄まじかったらしく、明治初期まで各所に白骨を残したという。

現在も山頂には遺構が残るとされているが、その本丸跡の巨岩がごろりとむき出しになっている。

これからは下りである。


先行するIさんの後姿を眺めつつ、山道をやっとこさの思いで付いて行く。 やはり山男はタフですね。


下りの山峰。 


山道は割合急な下りで、このようなロープを伝って降りる個所が幾つかある。


眼下に見える砂防ダム


岩場の平坦な場所にでた。

ここで暫く一休みして、持参のチョコレートとかどら焼きなんかを食べる。Iさんは、彼の現在研究中のテーマや尊敬する先輩研究者、また若い同僚、指導学生のゴシップ話など、色々と話題の尽きることなく話をしてくれる。傑作な話も幾つかあり笑わせてもらったが、もはや研究などしていない私には自ら話すテーマなどないのである。話せる事といえば数学ではなく、家事労働のことである。情けないね~。まあそれでも話の聞き役としては、役に立っているのだろうと思うことにしたのであった。

40分近くお喋りをしてから、再び下りの道に入る。


その道すがらの景色


誰かが植樹をしたのかもしれぬ。


加西アルプスと言う名に恥じない山肌の景色
  

20分程で下山完了。竹林を通り抜けて



善防山本丸登山口に着く。


山自体は低いのだが、楽しく歩けたし見ていて飽きない景観であった。良いコースでした。次に機会があれば、笠松山から古法華寺まで行ってみたいね。 


登山口から道路にでて、蓮池(レンコン畑と言うのかもしれん)を眺めて

 稲刈りの終わった田圃沿いを歩き

オートバイ乗りのおじさんに方向を教えて貰って、線路沿いに播磨上里駅へと向かったのである。


駅に到着したのは4時すぎであった。

TVドラマの真田丸に因んで後藤又兵衛の幟が駅の構内に立てられている。


4時24分の北条町行の列車



4時49分に定刻通り粟生行の列車が到着。

その車内。 車体は写しそびれたが、上の写真と同じです。


車内で見受けた木彫りのお猿さん。実は車掌の北条さくらちゃんである。


かくして5時2分に粟生駅到着。


ここでJRに乗り換えて加古川駅に到着。イコカなどパスカードは使えないので、現金で運賃310円を支払った。珍しく女性の運転手でした。なお、お猿さんでなく人間です。

その後明石駅にでて、飲み屋街の居酒屋で美味しい魚料理とお酒を食べ、Iさんと話に花を咲かせたのであった。料理はお刺身の盛り合わせ、タコの唐揚げ、鯛アラの煮つけなどである。美味でした。グルメ写真は今回はパス。

話に興じる余り帰る帰宅時間が遅くなり、ワイフに文句を言われたのは致し方のない事である。

これで善防山ハイキング日記はおしまい。


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