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2017年8月4日金曜日

神戸須磨区 多井畑厄除八幡宮

また神戸の神社シリーズに戻って、今回は須磨区多井畑厄除八幡宮の紹介である。この神社は以前から知っており、いつか取材にいこうと思いつつ果たせずにいた。それで今週の母の見舞い帰り(8月1日)に行くことに決めた。幸い洗濯物の持ち帰りはない。

施設のある新開地からJR神戸駅まで歩いて、JRで須磨駅まで行く。駅に到着した時は大雨で、傘はなく携帯用のポンチョしかなかったが、決行することにした。須磨駅前で、神戸市バス71系統に乗り込んでバス停の多井畑厄神で下車する。

このバス停です。その前が広い駐車場になっている。 初めての雨中での神社取材であった。


バス停前の駐車場からの参道入り口。奉納と刻された渡し鳥居が立っている。


多井畑は、須磨の山中にあり、奈良時代からの歴史を持ち幾つかの史蹟が残っている。多井畑厄神もその一つと言える。



神社の周辺マップ



木製の大鳥居  周囲の森にマッチした落ち着きのある鳥居である。



神額には、厄除八幡宮とある。


社碑  式内 やくじん社 と旧かなで刻されている。



由緒碑

この神社は、日本最古の厄除けの霊地 である。

Wikipediaから神社の基礎データを収集するも詳しくはない。さらに詳しい情報については、神社のホームページ(多井畑厄除八幡宮)その他を参照した。

多井畑厄除八幡宮

 
多井畑厄除八幡宮
Tainohata7322.JPG
拝殿
所在地兵庫県神戸市須磨区多井畑字宮ノ脇1
位置北緯34度39分44.40秒
東経135度5分44.25秒
主祭神応神天皇
創建安元年間
別名多井畑厄神
例祭4月19日
主な神事1月18日、19日、20日(厄神大祭)


多井畑厄除八幡宮(たいのはたやくよけはちまんぐう)

兵庫県神戸市須磨区多井畑字宮脇に鎮座する神社。通称、多井畑厄神

祭神:

応神天皇(八幡神) 


以前もこの画像を引用したように思うが、いつの事かは全く憶えていない。ますます健忘症は進んでいく。

由緒:

「続日本紀」に「光仁天皇の神護景雲4年(770年)、畿内10箇所に疫神を祭って疫神はらいを行わせた。」と記されており、摂津と播磨の国境もそのひとつである。安元年間、この地に石清水八幡宮を勧請し、神社を創建したことに始まる。摂津と播磨の国境に位置しており、畿内を厄災から守る意味合いがある。
このような由緒が伝わっていたため、厄除けの霊験があるとされた。
江戸時代には、歴代明石藩主の崇敬が篤かったと伝わる。

神社の由来記によるとこの様に文語風に記されている。

多井畑厄除八幡宮の由来

称徳天皇神護景雲46月勅旨を以って疫神祓いを行わせ給いし遺跡にして、高倉天皇安元年間、この霊地に京都石清水八幡宮を勧請し、爾来世人の崇敬篤く前田出雲守、明石候松平家、領主蒔田家も非常に崇敬せられ、現本殿(桧皮葺春日造、極彩色)は後村上天皇延文5(630年前)の建築にかかり、應永5年拝殿、長亨元年現本殿の覆い(前田出雲守親常寄進)を建築、近年に到るまで境内は拡張され社殿は整備し益々壮厳を加わるに至れり。

中古以来119日の厄除祭日には全国津々浦々より参拝者夥しく、実に我国最古の疫神祭の霊地にして神徳又顕著なるを知るべし。



神社の宣伝コピー

人生には、人智では計り知れない運気の浮き沈みがたくさんあるといいます。
その中でも、運気の変化の最も重要なものの一つが「厄年」とされます。 この「厄年」にあたる年は、運気が下がり災厄に遭いやすくなり、本人ばかりでなく家族や身の回りの人にまで悪影響をおよぼすことがあります。どうぞ、本年が厄年のみなさまは、厄年のお祓いや疫病退散、病気平癒の祈願と厄除けにご参拝くださいませ。

そういえば、私も42才、61才の厄年には神社でお祓いをして頂きました。
 
日本最古の厄除けの霊地

多井畑厄除八幡宮は、多井畑の厄神さんの愛称で親しまれています。
現在の兵庫県神戸市須磨に配流された在原行平や、一の谷の合戦の際には源義経が祈願したといわれており、日本最古の厄除けの霊地と伝えられている神戸の厄神さんです。
770(神護景雲4)6月に疫病が大流行し、それを鎮めるために五畿内(大和、山城、河内、摂津、和泉)の国境10ヶ所に疫神を祀り、疫祓いが行われました。多井畑厄除八幡宮は古山陽道の摂津播磨国の国境に位置していたため、その一つとして疫神が祀られたと伝えられています。

大鳥居をくぐると長い石段の参道筋がある。途中看板には、日本最古の厄除の霊地 とある。


青銅の常夜燈  造りと意匠が凝っていて、武家紋がある。

最初の石段を登った所に立つ鳥居


立派な神額が架かっている。青銅製で厄除八幡宮とある。

納札所 

ここからさらに参道筋の石段を上る。


境内参拝を始める。

常夜燈 新旧二種


お堂 名称は不明。

手水舎

2羽の鳩がご神水を注いでくださる。

 
八幡神の神使いはである。手水舎の注ぎ石に鳩が二羽彫刻されており、八幡の字を描いている。

狛犬二基  端正な正統スタイルの狛犬



拝殿  青銅葺きで堂々としていて実に立派。

神額



拝殿



お百度石常夜灯

神輿庫

社務所前にある大きな切株

御献燈 常夜灯で頭部が社(やしろ)風になっている。

拝殿から本殿をお参りする。


本殿   桧皮葺春日造りである。


本殿前 狛犬二基石灯籠二灯  やや小ぶりの狛犬



本殿内の左右社屋



境内社高良社

拝殿鳥居神額

拝殿  常夜灯二基はあるが守り神は見当たらない。


同じく境内社稲荷社


稲荷社なので鳥居朱塗り  

社殿


社殿をお守りするお狐様二匹 ニューフェイスのようである。


社名の不明な二連の境内社


これまた社名不明の境内社

以上の境内社はこの写真のように並んでいる。

 さらに上にある石段を上ると、厄神祭塚のある厄払い所にでる。

厄神祭塚由緒碑


厄神祭塚の拝殿  ここでひながたの行事が行われる。


ひながたの行事は、紙で人型をつくって災いや穢れを移し、自分の身代わりとして水に流すというもの。平安時代の頃から行われていた、古くから伝わる厄除けの儀式の一つです。

ひながた


厄神塚の拝殿  といっても立派な拝殿を持っていて、六角形の垣根に囲まれている。


垣根内には土盛りの塚があるそうだ。ここからは確認できない。

拝殿前には石灯籠まである。


厄神塚拝殿には、厄除けのひながたを水に流す石の槽がある。

      「厄災を 祓ひ給ひ 清め給ふ」と記されている。


槽中に浮かぶひながた  


天と千尋の神隠しのシーンを思い出す。

ひながたの行事の際のひながたの授与所  ここで氏名年齢を記載したひながたを購入する。


厄神塚から石段を下って本殿のある場所に戻る。


社殿横にある真新しいお堂


その横のお堂  名称の分からないのが難点。

拝殿遠景


石段から境内を望む。


参道脇の石段を下って駐車場に戻ることが出来る。


最後に青天の日の多井畑厄除八幡宮の紹介動画をどうぞ。まつもといさおさんの作品です。神社の様子がよく撮影されています。

【多井畑厄除八幡宮2015】9月 神戸市須磨区 「日本最古の厄除けの霊地」

これでおしまい。

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