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2017年10月13日金曜日

伊豆 修善寺 

江川邸を辞して、今度は伊豆修善寺温泉へ向かう。川端康成の「伊豆の踊子」の舞台で有名な温泉街ですね。約40分のドライブで到着する。

修善寺川  通称 桂川


虎渓橋   奥に見えるのが  筥湯(はこゆ)とっこの湯公園


修善寺温泉マップ




修善寺温泉の歴史は、平安時代弘法大師が開いたという修禅寺の歴史とともにある。独鈷の湯弘法大師が湧出させたとされ、これが修善寺温泉の起源である。川原で病気の父親の体を洗う少年のために「弘法大師が独鈷を用いて岩を砕き、そこから湯が湧出した」との開湯の伝説が残っている。Wikipediaより)

橋を渡ったすぐの所に修善寺はある。

弘法大師石碑 と 献燈碑


石段上に新しい山門がある。山門は150年ぶりに修復され、仁王堂が新設された。この日は参拝日和でした。沢山の人がお参りに来ていました。


山門の額 達筆すぎて読めませんね。 因に山号は 福地山 です。


仁王堂には二体の金剛力士像が祀られている。 ガラス越しに2体の力士像を拝むことができる。



阿吽の二体である。


山門の内側にある切り株上に祀られている石像


ここで修善寺の歴史をひも解く。

修禅寺
Syuzenji.JPG
所在地静岡県伊豆市修善寺964
位置北緯34度58分17.4秒
東経138度55分39.2秒
座標: 北緯34度58分17.4秒 東経138度55分39.2秒
山号福地山
宗派曹洞宗
本尊大日如来(重要文化財)
創建年(伝)大同2年(807年)
開基(伝)空海
正式名福地山 修禅萬安禅寺
文化財#文化財参照
公式HP福地山修禅寺 公式ウェブサイト
地図
修禅寺の位置(静岡県内)
修禅寺

山門

修禅寺(しゅぜんじ)

静岡県伊豆市修善寺にある曹洞宗の寺院。山号は福地山。正式名称は「福地山修禅萬安禅寺(ふくちざんしゅぜんばんなんぜんじ)」で、略して福地山修禅寺と呼んでいる(宗教法人としての名称は「修禅寺」)。修善寺温泉街の中心にある。夏目漱石の「修善寺の大患」、岡本綺堂の「修禅寺物語」でも名高い。


歴史

807年(大同2年)に空海が創建したと伝えられ、その後の約470年間は真言宗に属していた。当時は周辺の地名が桂谷であったことから、桂谷山寺と言われ、『延喜式』には「伊豆国禅院一千束」と書かれる程の寺院であった。
その後、鎌倉時代初期に修禅寺の名称が定着し、寺領も修禅寺と呼ばれるようになった。また、源頼朝の弟の源範頼と、頼朝の息子で鎌倉幕府2代将軍の源頼家が当寺に幽閉され、この地で殺害されたとしても知られている。
その後、伊豆一国を収めた伊勢新九郎長氏(北条早雲)が、彼の叔父の隆渓繁紹曹洞宗の寺院として再興させた。
現在の本堂は1883年(明治16年)に再建したものである。2007年(平成19年)には開創1200年祭が行われた。


 それでは境内の参拝である。

石灯籠



お百度石とそのくぐり社


鐘楼堂

鐘はこのように吊り下げられている。


手水舎

手水鉢  標準的だがの水差しである。


本堂  瓦葺きの大屋根が立派な明治16年に再建された本堂です。


修善寺寺額



本堂の門扉


檀信徒会館


会館内には仏像が祀られていて、これより先は立ち入り禁止である。


会館前に僧侶の石像がずらりと並んでいる。それぞれ独自の姿勢を保っている。



弘法大師塔の石碑

本堂から境内の眺め



常夜燈  コケで黄色くなっている。

寺務所 玄関口

瑞宝蔵 という宝物殿があったので入ってみた。入場料は300円。


入館券と修善寺グルメメニュー(後に紹介する)


瑞宝蔵 

ここには風神尊天古面金剛製の独鈷などの寺宝が展示されている。

風神尊天  福の神「大黒天」を現わしている。


邪鬼を踏む金剛力士像


参道横に露店が並んでいました。


梅干しとか野菜などが売られていた。観光客向けのお土産のようです。


今回はこれでおしまい。


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