山陽霞ヶ丘駅を海側に向かって下ると、国道の向かい側にあるアジュール舞子の通用口にでる。
アジュール舞子とは、昔風にいうと舞子浜海水浴場周辺の公園である。Wikipediaには、あっさりと、舞子海水浴場のことであると書いてある。
舞子海水浴場(まいこかいすいよくじょう)
兵庫県神戸市垂水区海岸通にある海水浴場である。愛称は「アジュール舞子」。
ホームページでは、
白砂青松の景勝地「舞子の浜」を復元した公園で、松林、草花芝生公園や長さ約800mの美しい砂浜が東西に広がっています。「アジュール舞子」という愛称は、一般公募によってつけられました。フランス語でアジュール(azur)は「青」。舞子海岸が南フランスのコートダジュールのような美しい砂浜に復元され、憩いとふれあいの海辺となるよう、期待を込めて名付けられました。
と説明されている。
この通用門を抜けると、眼の前に明石海峡大橋が見える。
この公園は、絶好の散歩コースになっている。
この掲示板では、ウォーキングクラブに入って、メタボを予防しなさいと書いてある。
ここは夏には海水浴場となるが、先日8月23日に終了してしまった。また台風が近づいてくるという事もあり、閑散としていた。
いつも見ても明石海峡大橋は雄大である。その全貌。
舞子浜に立つホテルのSETRA
「海辺の絶景宿日本一」に輝いた実績をもつ、全室オーシャンビューの絶景ホテル。
というのがウリです。一度、ホテルのレストランで食事をしたことがある。愛人とではない。残念なことにワイフとであった。
以前明石大橋の写真を、淡路島の岩屋から撮ったことがある。今回は、神戸側からである。
明石散歩+淡路島岩屋散歩 II
ここまで近くにくると、橋の上を走る高速バスなどが見て取れる。
大橋の土台で、巨大コンクリの塊ですね。正確には、アンカレイジという。その前に見える八角の建物が、孫文記念館。
新しい舞子ヴィラ。Wiki舞子ヴィラ
その手前にある古い舞子ヴィラ。ここでも、大昔に食事をしたことがある。やはり愛人とではない。今は経済的に入ることすらできぬ。愛人を囲うことなど、夢のまた夢である。
上の地図で分かるように、公園は中央地区、北地区、西地区、東地区、南地区と分かれていて、この場所が海側に面した南地区になる。
この南地区が、舞子観光のスポットになっている。Wikipediaによる記述。
兵庫県立舞子公園 Hyogo Prefectural Maiko Park | |
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明治天皇歌碑
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所在地 |
日本
兵庫県神戸市垂水区東舞子町2051番地
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分類 | 都市公園 |
面積 | 7.8ha |
開園 | 明治33年(1900年)7月25日 |
運営者 | 兵庫県 |
設備・遊具 | 松林、舞子海上プロムナード、孫文記念館、旧木下家住宅、旧武藤山治邸、舞子デッキ、コンビネーション遊具 |
駐車場 | 普通車222台、大型車10台 |
事務所 | 「舞子海上プロムナード」舞子公園管理事務所 |
事務所所在地 | 神戸市垂水区東舞子町2051番地 |
アクセス | JR神戸線 舞子駅 南へ徒歩1分 山陽電鉄本線 舞子公園駅 南へ徒歩3分 |
公式サイト | 舞子公園 |
兵庫県立舞子公園(ひょうごけんりつまいここうえん)
兵庫県神戸市垂水区東舞子町にある都市公園。
垂水区の西側あたりから明石市の東あたり一帯の浜を、古くは舞子の浜と呼び、須磨の浜と並ぶ名所で、江戸時代には旅の休憩所として多くの待合茶屋が存在した。歌川広重画「播磨舞子の浜」では、風や強い波により砂が流され、自然に「根上り松」のような形となった白砂青松の美しい海岸風景が描かれている。
公園内を見ていこう。
舞子公園の「根上り松」を再生した松。
この松というか松林である。かって、「根上りの松」は、白砂青松の舞子の浜を代表する景観であった。
根上り松再生シンボルのモニュメント。
旧武藤山治邸
こちらが玄関部分。
その全貌
旧武藤山治邸(きゅうむとうさんじてい) 旧鐘紡舞子倶楽部(きゅうかねぼうまいこくらぶ)
鐘紡の中興の祖と言われ、衆議院議員として活躍した武藤山治(1867年―1934年)が、明治40年に舞子海岸に建てた住宅です。
武藤山治が亡くなった後は、鐘淵紡績㈱により「鐘紡舞子倶楽部」として従業員の厚生施設に利用されていましたが、明石海峡大橋建設に伴う国道二号の拡張工事のため、平成7年に和館は取り壊され、洋館のみが垂水区狩口台に移築されました。
平成19年に兵庫県は、建物と共に家具・絵画および蔵書等調度品についてカネボウ㈱より寄贈を受け、同年より建物の縁の地である県立舞子公園への移築・修復工事を行なってきました。
公益財団法人 兵庫県園芸・公園協会
舞子公園管理事務所 のホームページより。
そのパンフ。武藤山治の説明もある。 [ 案内パンフレットはこちら (PDFファイル:約1.55MB) ]
邸の平面図
内部は、このようになっている。
1階 食堂 | ||
1階 応接室 | 2階 貴賓室 | |
ヴェランダ(1階) | 屋根 | 漆喰 |
八角形の屋根を持つ休憩所。 |
昭和11年に建立。明治天皇が行幸された際に詠まれた
「播磨潟 舞子の浜に 旅寝して 見し夜恋しき 月の影哉」
などの御製三首が歌碑に刻まれている。
夢レンズ
明石海峡大橋生みの親、原口忠次郎博士(第12代の神戸市長)の顕彰碑。
円空から未来の発展を展望しているそうである。
この像は、ポートアイランドの中公園にある。
孫文記念館 その八角堂が「移情閣」である。
これは、舞子公園内の敷地内施設ではないが、舞子の名所としてはこちらの方が有名である。
孫文記念館
ノスタルジックな面影を漂わす3階建ての八角堂がシンボルの「移情閣」は、大正4年に神戸の貿易商・呉錦堂が建てた別荘です。昭和59年には「孫中山記念館」として一般公開され、かつてここを訪れた中国革命家孫文に関連する資料を展示しています。平成5年12月10日「県指定重要有形文化財」、平成13年11月14日「国指定重要有形文化財」に指定されました。
入館料は、大人300円。中学生以下は、150円。高齢者割引200円である。私は、割引の効かない時代に入ったことがある。会館時間は、午後10時から午後5時まで。閉館まで5分しかなかったので入館できず。
獅子文六の小説「ばなな」にも、「移情閣」が現れる。その石碑。
獅子文六
1893年(明治26年)7月1日 - 1969年(昭和44年)12月13日
移情閣の玄関口
孫文の書の石碑 天下為公
その説明パネル。
孫文像
孫文記念館の変遷図(現在は、移情閣、付属棟、管理棟の3棟からなる。)
内部
中庭
明石海峡大橋 なんと言っても舞子最大の見ものは、明石大橋である。
以前書いたが、明石海峡大橋は、橋長3,911m、ケーブルを支える2つの主塔間の長さ1,991mで、世界一のつり橋です。また、主塔の高さは海面上約300mで、これは東京タワー(333m)にほぼ近い高さとなる。
端から見ていこう。
アンカレイジ
中央部分に見えるのが、舞子海上プロムナード。このプロムナードは、海面からの高さ約47m、陸地から約150m、明石海峡へ突出した延長約317mの回遊式遊歩道である。
橋の真下からの写真。
淡路島の岩屋側からの大橋。 明石散歩+淡路島岩屋散歩 II
明石海峡
角度を変えて写した明石大橋。
いいアングルである(自画自賛)。
アンカレイジの内部だが、海上プロムナードへ上がるエレベーターが付けられている。
ここがその入り口。来場者は、殆どが中国人観光客でした。
中はこのようになっている。 |
■海上47mの丸木橋 丸木橋から47m下の明石海峡は迫力満点!! | |||||||
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■展望広場「舞子海上プロムナード」の最先端では美しい幾何学模様の橋梁を体感でき、また、明石海峡を吹き抜ける風と一体になれます。 | |||||
■展望ラウンジ | |||||
ガラスの下が海で、高さが実感できる。
入場料は、このようになっている。
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※障害者等・幼児・ココロンカード・のびのびパスポート利用者無料 |
※3館(舞子海上プロムナード・移情閣・橋の科学館) |
橋の科学館
大橋に使われたケーブルの断面。
舞子駅前のタワービル。ティオ舞子
駅前の公園。
その公園からの眺め。
かくして、JR舞子駅からJR六甲道まで戻り、バスで自宅へと帰ったのであった。
これで今回は、おしまい。
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