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2017年9月15日金曜日

神戸北区 淡河八幡神社 II

淡河八幡神社紹介の2回目である。神戸市内の神社を多く参拝していると感じるのだが、都市部の神社ほどその境内の一部が駐車場になっている。駐車場不足と神社経営の経済的な面からもそうせざるを得ないのだろう。田舎の神社ではまあそういうことはないが、大きな神社ほど境内近くに(無料の)駐車場を備えている。

ところがこの神社は八幡の杜に車も二輪も立ちることが許されていない。絶対的な神域を保有しているのである。それにより鎮守の森の神社の雰囲気が昔ながらに保たれている。神社のポリシーとしては立派なものであります。

八幡の杜は

神々に 「願い」
神々に 「感謝」 し
神々に 「戒め」 を乞うところ
そして、各々が祖先の「すがた」を懐かしみ
敬う所

八幡の杜は、 いわば

神々の 「御霊」 が鎮まり
々に 「御心」 が鎮まるところと言えよう

だからこそ
久遠、永久、不変であり続けられるのである

誰もが、いつでも
「心のふるさと」 八幡の杜に還れる日のために。


このことは拝殿に置かれていたパンフで知りました。

パンフ 六つ折りで表面に神社紹介、裏面に二大例大祭の記事がある。


境内の紹介


御旅神事御弓神事の解説





このパンフと兵庫県神社庁の記事を資料にして神社紹介を行う。

ご祭神:

表筒男神  (ウワツツノオノカミ)

以前用いた画像だが、再録する。単独画像は見当たらない。

伊邪那伎大神が黄泉の国から戻ってきたときに、その穢れを祓うため川へ入って禊をした時に生まれた三神の内の1柱である。住吉大神とされる。 


安関天皇  (アンカンテンノウ)

なぜこんな所にと思うが吉野の神である。531年66才で即位し4年後には亡くなったとされる。画像は見つからず。

応神天皇  (オウジンテンノウ)

鶴岡八幡宮の神である。何度も使い廻ししているが今回はこの画像である。


由緒:

奈良朝宝亀10年(779)6月、表筒男命を祀る。後、平安中期の仁平年間に安閑天皇を、次いで鎌倉初期の貞応2年(1223)鶴岡八幡宮より応神天皇の分霊を請けて奉祀、以後八幡宮と称号する。

中世、当庄領主淡河氏有馬氏の崇敬を受け、江戸時代に至り明石薄黒印高五石となる。旧淡河庄(含現三木市志染町の一郎)16ケ集落の鎮守社で、明治7年郷社となる。


エピソード

中央競馬暮れのグランプリ「有馬記念」は、農林大臣有馬頼寧(よりやす)の功績を称えて記念してできたレースである。この有馬頼寧の先祖が有馬則頼(のりより)・豊氏(とようじ)の父子である。則頼は三木市志染町の満田城で生まれ、後に淡河城主淡河氏を滅ぼして淡河城主となる。この城で生まれたのが有馬豊氏で、彼は八幡神社崇敬神祈願所として尊んだ。
後に有馬豊氏は、豊臣秀吉の勢力拡大に多くの功を残し、秀吉の恩恵を受け久留米二十一万石の大名となった。

これがエピソード舎(こんな言葉はないが)に書かれてあったことです。

境内には幾つもの常夜燈が設置されている。

大鳥居横にある常夜燈




傾いた古い常夜燈  危ないので立ち入り禁止。


宮司さんのお家前にある常夜燈


手水舎

水枯れの

敬神会碑
昭和38年 八幡敬神会設立
昭和56年 結成25周年記念碑設立

拝殿前 狛犬二基

例えば、足に病あれば自分の足を3回撫で、その手で狛犬の足を3回撫でて治癒を祈願する。これが昔ながらの伝承談だそうです。そういうご利益があったのか。私は仏像にしたことはあるが狛犬にはしたことがない。これからは頭と足を撫でることにしよう。



神馬 ブロンズ製の神馬で葵の紋が入っている。戦時中は金物徴収で一時無くなったが昭和31年に再建された。神馬の如く威風堂々とすこやかな成長を祈念する。


拝殿

拝殿の鈴としめ縄

社額のあるべき場所には 往来安全 の書額が掛っている。 この書は前回紹介した元兵庫県知事 坂井時忠の筆によるものである。


拝殿中 神事や儀式などが行われる神段と椅子が並べられている。実はこの内の方に社額が掛けられていた。 八幡宮 と墨書されている。


富士山と日の丸の絵も掛けられている。

拝殿 さざれ石 しだれ桜の足元にある。

八幡の杜に古くから祀られていた。 さざれ石は 国歌 君が代 にうたわれているのは周知である。


拝殿屋根部分 その奥が本殿

本殿の周りは瓦屋根付きの板塀で取り囲まれている。入り口にはドアがつけられており、そこから本殿の境内に入ることが出来る。

本殿 年期の入った優れた建築である。 神戸市重要有形文化財に指定されている。


本殿前 狛犬二基  こちらは随分ふっくらした感じの狛犬様です。



本殿前 常夜燈  年代を感じさせる。

本殿神額   祭神 表筒男神 応神天皇 安閑天皇 とある。



本殿


本殿屋根裏部分の骨組みと彫刻


本殿屋根

見ごたえのある本殿でした。

境内にある玉垣に囲まれた 伊勢神宮遙拝所



拝殿本殿横にある社殿  
表示がないので定かではないが歴代城主、藩主の 崇敬神祈願所 だと思われる。淡河氏有馬氏、明石藩主松平氏、姫路藩主池田氏が崇敬祈願をした。


裏参道を参拝する。

境内社 名称はないが 武内宿禰命 を祀っている。


平成3年に個人により奉献された境内社なので名称をつけることは叶わなかったのだろう。


天満宮遙拝所



屋根だけの社で切株が祀られている。九州大宰府天満宮はこちらの方向にある。


切り倒されたご神木も祀っている。


末社 大山津見神(おおやまつみのかみ)を祀っている。これも個人により奉献された境内社かもしれぬ。


裏参道から眺めた本殿



ここから拝殿のほうに回り込む。すると再び境内に戻る。



社務所


宮司さんの住宅?



植木にも手入れが大変行き届いています。

境内奥には絵馬殿がある。



現在は物置のようになっていて閉鎖されていた。窓ガラスから中を覗くとこんな風でした。絵馬が飾られていましたが古びている。天狗様の面があるのは神事で使うためでしょうね。


伊勢神宮遙拝所の横に立つご神木


境内の写真取材がおわったので社務所横にあったベンチに座り、買ってきたおにぎりとお茶で遅い昼食をすませたのであった。

かくして境内の参拝をおえたのだが、記事はもうしばらくつづける。

この神社では二大例大祭が行われており、その一つが御弓神事である。これは県指定重要無形民俗文化財になっている。



そのためこの神社では弓道の指導にも当たっている。そして淡河川沿いに弓道場を所有している。

八幡神社弓道場


弓道場 

的場

写真の様にここで中学生も御弓神事で行う弓の練習をする。淡河中学校の生徒さんです。


今回はこれでおしまい。まだ二大神事についての調査報告が残っているので三回目につづく。



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