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2014年9月6日土曜日

小豆島一周旅行


老人には、未来はない。ただできることは、過去を振り返るのみである。 といういつものセリフを吐いてから、過去の旅行記に入る。 今回は、小豆島旅行である。

写真のデータによると、昨年9月12日の日帰り自動車旅行である。 その日の早朝息子の運転で、
神戸の中突堤に向かう。 小豆島ジャンボフェリー神戸港 →坂手港 の早朝の便 6:30 →
10:00  を利用する。 


利用したのは、この船舶です。 


車のフロントグラスに自分で張り付ける行先表示の紙と、フェリーのチケット乗船券です。
このときは、片道 軽自動車で 4990円(運転手込)、旅客は1名当たり 1800円であった。

 
現在は、フェリー代に燃油サーチャージ 500円が加わり、旅客券は 1990円になっている。
微妙に値上がりしている。

  
乗り込んでしまえば、楽ちんである。 船室でのんびりできる約3時間半の船旅である。
 

こんなカーペット敷きの客室でゆったりと、漫画を読んだりできる。 

デッキから、神戸港を眺める。



甲板にでる。向こうに見えるのは、明石大橋である。 海の上から眺めるとやはり長大なのだ。

 


万一事故が起こってもオレンジの救難ボートがあるから大丈夫らしい。 これでは心細いが。


屋上デッキには、巨大なちょび髭船長がいた。 フェリーのマスコットキャラ(?) トらやん である。 それを見て馬鹿な爺が、年甲斐もなく トらやん の前で同じポーズをとっている。


ジャンボフェリーのホームページには、

トらやんは、バーコード頭にちょび髭、ポーランド民謡を歌う世紀のトリックスター。 子供と大人の融合の象徴として作品へと取り入れたヤノベケンジ実父の腹話術人形が原型。巨大化、増殖しながら世界観を拡げていきます。

という説明がある。


Copyright(C)2012 Kenji YANOBE 

ここで、トらやん の話に脱線する。 この年、瀬戸内国際芸術祭2013が開催され、そのメインステージの一つが小豆島坂手地区であった。その坂手港神戸を結ぶ小豆島ジャンボフェリーに、ヤノベケンジの代表作、トらやん巨大な船長となって登場したのだ。

そのホームページには、

今回の小豆島坂手を中心とする作品群は、ヤノベケンジの2007年の作品、絵本「トらやんの大冒険」の世界のまさに具現化。
様々な作品が、一つのストーリーをもって私たちに語りかけてきます。

ジャンボフェリーを「ノアの箱舟」に見立てて、失われた太陽を取り戻すため、神戸港から希望の島・小豆島を目指して、みんなで、ジャンボ・トらやん船長と一緒にさあ船出!


と説明されている。 この時までヤノベケンジさんを存じ上げてなかったので、早速検索しました。 
例によって Wikipedia によると、



ヤノベ ケンジ
大阪府茨木市出身の現代美術作家。 大阪府立春日丘高等学校を経て、1989年京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに短期留学。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。1994年から3年間ベルリンに活動拠点を置き、現在は大阪府高槻市在住。

地元の方だったんですね。 現在は、京都造形芸術大学教授です。
小豆島と茨木 というホームページでは、彼の詳しいプロフィールが載せてあります。

1965年大阪生まれ。6歳から茨木市で過ごす。春日丘高校卒。京都市立芸術大学大学院修了。現代社会を生き抜くためのさまざまな実機能をもつ大型機械彫刻を数多く制作。1997年自作の放射能防護服を着て原発事故後のチェルノブイリを訪問する「アトムスーツ・プロジェクト」を開始。98年帰国後も、幼少期に遊び場として過ごした大阪万博跡地を中心に同プロジェクトを展開させ、2003年には「太陽の塔」黄金の顔の目玉まで登頂していく《太陽の塔、乗っ取り計画》を敢行。水都大阪2009では全長15mのアート船《ラッキー・ドラゴン》を大阪の街並に出現させるなど、近年では腹話術人形《トらやん》や「第五福竜丸」をモチーフに巨大モニュメントを手掛け、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開するなど精力的に発表を続けている。

トらやん 腹話術人形だったんですね。道りで、口がパクパクできるようになっている。 



まつ毛の長い天才バカボンのパパといった感じですな。 

以下すべて画像は、 Copyright(C)2012 Kenji YANOBE であります。

絵本 トらやんの大冒険の動画はこれです。 鉛筆画のタッチがとっても良いですよ。 
是非ご覧になってください。 船にもストーリー画が展示されていました。



                         トらやんの大冒険

失われた太陽を取り戻すため、ジャンボ・トらやん船長と一緒に「ノアの箱舟」で希望の島に船出。
島に辿り着く直前、大嵐にみまわれたト「箱舟」。トらやんが、小さな小さな太陽を、高く高く掲げると、嵐はしずまり、黒い夜は終わり、世界はようやく朝を取り戻します。

脱線ついでに、瀬戸内国際芸術祭2013におけるヤノベ ケンジの出品作品をアップします。 私の趣味に合致しているのでね。 個人の楽しみ使用だし、著作権元は、明示しているので問題はないと思う。 お縄にはならないハズである。 

THE STAR ANGER(スター・アンガー) 作家:ヤノベケンジ 場所:坂手港



ANGER from the Bottom(地底からの怒り) 作家:ビートたけし×ヤノベケンジ 
場所:坂手港近く観音寺の上の古井戸



トらやんの話はここで終わって、フェリー乗船のつづき。 

明石大橋が近づいてきた。 


橋の下をくぐってゆく連続写真をお見せする。展望デッキからの眺めである。
 


 真下!

4kmなのでさすが長い。


大橋見学を終わって、船内に戻ってくつろぐ。 船は着々と進み、もう小豆島についた。 
あっという間の3時間半であった。 


坂手港の岸壁です。 向かいに見える山並みが寒霞渓


そして、車に乗り込み船外にでる。


我々の巡ったコースは、これである。 赤線のラインです。 


最初に訪れたのは、岬の文教場である。 田浦漁港のすぐそばにある。



皆さんご存知の 壺井栄の小説「二十四の瞳」の舞台となった田浦文教場である。





爺さんの写真が多くてスマン。
 
パンフは、これです。

その裏面に、入場券200円を貼り付けておいた。 

昭和46年に廃校となったが、現在も 岬の分教場としてそのままの姿で保存されている。
 
教室と廊下です。
 
 

イメージ 1

この教室で学んだ児童の作品です。

敷地内には、二十四の瞳のブロンズ像がある。また、壺井栄文学館オフィシャルショップもある。 像の奥の建物です。

 

 
つぎに訪れたのは、マルキン醤油記念館である。
 
 


入館料210円。 これが、パンフ。
一部省略

国の有形文化財に登録されている。 マルキン醤油の歴史や醤油の製造工程などが説明されている。
 


 


マルキン醤油専属のゆるキャラ マルキンギョ もいる。

記念館の出口は、ここである。  


記念館前の売店で醤油ソフトを買う。 やはり、しょーゆ味である。 当たり前か。



その次そのつぎに向かったのは、小豆島オリーブ公園である。


ここは、道の駅になっていて、沢山のオリーブの木が植えられている。苗木も育てている。

これが、オリーブ記念館である。


中では展示物により、オリーブの歴史や産業、オリーブオイルの特性などが説明されている。
売店もある。オリーブチョコというのを買ったが、決して美味くはない。

オリーブの丘からの眺め。


ふれあい広場というのもあったが、説明は省略。 小豆島オリーブ公園 参照。
 
 
オリーブ公園から、つぎの道の駅かつ海の駅である小豆島ふるさと村へ向かう。
道先にあるの誓願寺のソテツを見るためである。
 
その途中にあるのが、野天桟敷(池田の桟敷) である。



石垣づくりの桟敷です。 これも国の重要有形民俗文化財になっている。
Wikiと観光案内資料では、つぎのように書かれてある。 

桟敷の規模は、長さは80m、高さは約18m、6〜8段の階段状。
瀬戸の海に面して、自然の地形を巧みに利用した、
石を野面積(のづらつみ)にした桟敷の傑作で、古代ギリシアの野外劇場を彷彿させます。

亀山八幡宮の秋の例祭で神輿太鼓台の練りを観覧するために築かれたとされる。
 
近くにある城山への登山口。時期には、桜が美しい。
 

小豆島ふるさと村 の外観はこれ。 中に入ると、色んな農産物やお土産が並んでいる。 


このような、皇太子殿下ご視察記念碑というのがありました。


さて、舗装されていない道を進むと、誓願寺に着く。
 

 

有名な国指定の天然記念物ソテツは、これである。これで1株です。

 

 
 
山門をくぐれば雄大なソテツが眼前に迫る。
このソテツは雌の一株で株の根元の周囲は約1.8mあり、
根際に盛り土を施し、周囲には約32mの花崗岩の柵を
めぐらして、横枝は22本の石柱と2本の木柱で支えられています。

株は土際から5本の太い枝に分かれ、各枝はさらに多数の小枝を
出している主幹はやや北方に傾き、地上1.8mの高さから
数本の枝を生じ、斜めに北方に伸びています。
東北方に出た最大枝の基部の周囲は約1.6m、主幹の高さは
約6mです。全体として樹冠面積は120㎡に及びます。
樹勢も旺盛でソテツの巨木として指定されました。

ここから国道250号線をもどり、国道436号線に入り土庄町に着く。 ここには、ギネスに認定された世界で一番狭い土渕海峡 がある。 全長約2.5km、最大幅は約400m。最狭幅は9.93mである。



その海峡上で、風景印をゲットして喜んでいるバカなジジイが写っている。 なお、海峡横断記念証明書土庄町役場に行けばもらえる。 しかし、有料である。 念のため。 私は貰わなかった。



海峡は、この幅である。確かに、川並みの狭さですね。


 

つぎに向かうは、小豆島大観音しあわせ観音とも呼ばれる。
正確には、小豆島大観音佛歯寺である。 
 
Wiki の説明によると、
 
 
スリランカの仏教聖地、キャンディに位置する佛歯寺(ダラダー・マーリガーワ寺院)から1985年に釈迦の犬歯を寄贈されたのをきっかけに、大観音像を建立。1994年に竣工、1995年に公開された。大観音像の高さは明らかにされていないが、約50~60mといわれる。
 
 

大観音像の遠景


大観音像の近景


一般参拝券は、大人500円である。大観音像以外に、目立った堂宇は置かれていない。つまり、
大観音像 だけのお寺。 

胎内には本尊をはじめ、寄贈された約1万体の胎内仏が並ぶ。 このように階段に沿って仏像が安置されている。 エレベータでも登ることができる。


エレベーターで胎内を登ると、仏歯を納めた仏歯の間に至る。 また邪魔なジジイが写っている。

小さな釈迦を前にして、なにを祈っとるんだろうね。 どうせ禄でもないことに決まっている。

大観音像のつぎは、大阪城残石記念公園である。 ここは、道の駅にもなっている。

 
公園のパンフです。
 

資料館はこの建物です。入館料無料。


資料館には、石の切り出しに使う大げんのうのみ、運搬用の猫車などが展示されている。

大坂城の石垣は、ここから切り出した御影石で作られていた。ここから船で運んでいた。
 

こんな風にして台車を使って運ぶ訳ですね。これが猫車だと思う。


 



公園内には、こんな七福神やお相撲とりの張りぼてが飾られていました。


 
これで、予定していた観光は全て完了。 約2時間の海岸沿いのドライブをつづけ、出発点の坂手港に着く。 港の前にある食堂の大阪屋である。 ここで、小豆島地元グルメの ひしお丼を食するのだ。



大阪屋の店内です。さすが、海釣りの町だけあって、魚拓も壁に張り出されてある。 


海の珍味ということで、カメノテの湯がいたのを注文する。 身が少なく、ぱさぱさしてうまくなかった。 


これが、ひしお丼です。 普通の海鮮丼なのだが、お約束がある。

①「醤の郷」で作った醤油やもろみを使っていること、
②小豆島の魚介、野菜やオリーブなど地元の食材を使っていること、
③箸休めはオリーブか佃煮を使っていること。


普通に美味しい。しかし、値段は通常よりも高めである。 ワイフは芸のないことに親子丼である。


お茶を飲みつつ(ビールもだが)、午後4時の乗船までしばし寛ぐ。
 
 
フェリーに乗り込んでしまえば、後は船旅を楽しむだけである。 夜の明石大橋である。
 


神戸港のポートタワーや観覧車がみえる。 



 
かくして、神戸港に着き、自宅へと帰って行ったのである。

いささか長くなってしまったが、小豆島旅行記はこれでおしまい。 ごきげんよう。

天気がよくなったためか、インターネット接続が途切れない。 今回は、比較的スムーズに画像の取得や保存ができた。 ほっとする。 私のごきげんはわるくない。






2014年9月5日金曜日

ネトゲ廃人


時代から取り残された老人だとは、重々承知しているが、ネトゲ廃人 という言葉を見つけて少なからずびっくりした。 言い得て妙だが、なんという表現である事か。 ネットゲームをやりすぎて廃人になった人間というイメージが浮かぶ(アル中みたいにね)が、実際は少し異なるらしい。 

Wikipedia で調べてみると、つぎのように書いてあった。

ゲーム依存症(ゲームいそんしょう)あるいはゲーム中毒(ゲームちゅうどく)とは、ゲーム(特にテレビゲーム)に没頭するあまり睡眠時間の減少や疲労などによりゲームに関する事柄以外の生活面に悪影響を及ぼしたり、人間らしい生活を営むことが困難になる症状をいう。

テレビゲームの中でも、ネット上で不特定多数の者とプレイできるオンラインゲームに関してのものは、オンラインゲーム依存症(オンラインゲームいそんしょう)と名称され、そのような依存者をネトゲ廃人(ネトゲはいじん)と称されている。  

ネットゲームに膨大な時間を費やしてサイバー世界に生きるものをいうのである。現実(リアル)の世界よりも、パソコンの前でゲームしている時間のほうが長い人間のことをいう。彼らもしくは彼女たちが、どのような気分で生活しているかというと、つぎの初音みくの曲の通りらしい。 

            ネトゲ廃人シュプレヒコールfull [初音ミク]


若い人なら皆知っているが、歌手 初音 ミク は人間ではない。
私も曲を聴いて知ったのは、最近のことである。 恐らく60代のひとは誰も知らないであろう。 

Wikipedia の説明では、

初音 ミク(はつね ミク、HATSUNE MIKU)は、札幌市に本社を置くクリプトン・フューチャー・メディアから発売されている音声合成・デスクトップミュージック(DTM)用のボーカル音源、およびそのキャラクターである。

初音ミクについては以下のようなキャラクター設定がされている。
  • 年齢:16歳
  • 身長:158cm
  • 体重:42kg
「初音ミク」はクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の著作物です。
© Crypton Future Media, INC. www.piapro.net

 
上の注釈を入れましたので、著作権にはひっかかりません。 

さらに、リアルの合成写真があれば面白いが、そんなものはない。私はロリコン趣味でないので、画像はこれだけにする。

さて、 ネトゲ廃人シュプレヒコール だが、

作詞:さつき が てんこもり
作曲:さつき が てんこもり
編曲:さつき が てんこもり

歌詞

ネットゲーム世界は今日も
隔離(かくり) 哀れ 蔓延(はびこ)る効率厨、々(ちゅう、ちゅう)
リアルの世界は明日も
僕抜きで機能して回る


ネットゲーム世界はずっと
孤立 晒(さら)し 貪(むさぼ)るレベリング
薄暗い部屋の「ああああ(きみ)」は
閉めきった窓なんてもう覚えてない


ドロップ重視=ドロップアウト人生
文化的ライフ崩壊前提
守れ要塞(ようさい)プライド一切合切
うんこみてぇなスキーム


飽きても次のステージへ


(RMT...tt...RMT...)


人生を堕落(だらく)に全部極振り
見せしめタブーをルールへ


(mm...MPK...mm...PK)


延久(えんきゅう)に紛(まご)う様な時間を


ネットゲーム世界は今日も
隔離(かくり) 哀れ 蔓延(はびこ)る効率厨、々(ちゅう、ちゅう)
リアルの世界は明日も
僕抜きで機能して回る


ネットゲーム世界はずっと
孤立 晒(さら)し 貪(むさぼ)るレベリング
薄暗い部屋の「ああああ(きみ)」は
吐き捨てる様に日々を重ねてる


ちょっとした丘陵(きゅうりょう)さえ無い
昨日からDUPEされた今日は
外に怯えてるスレイブ向け
腐り切ったスキーム


飽きても次のステージへ


(RMT...tt...RMT...)


人生を堕落(だらく)に全部極振り
見せしめタブーをルールへ


(mm...MPK...mm...PK)


延久(えんきゅう)に紛(まご)う様な時間を


ネットゲーム世界は今日も
隔離(かくり) 哀れ 蔓延(はびこ)る効率厨、々(ちゅう、ちゅう)
リアルの世界は明日も
僕抜きで機能して回る


ネットゲーム世界はずっと
孤立 晒(さら)し 貪(むさぼ)るレベリング
薄暗い部屋の「ああああ(きみ)」は
キーの印字(今きみ)と同期して磨(す)り減ってく


ネットゲーム世界は今日も
隔離(かくり) 哀れ 蔓延(はびこ)る効率厨、々(ちゅう、ちゅう)
リアルの世界は明日も
僕抜きで機能して回る


ネットゲーム世界はずっと
孤立 晒(さら)し 貪(むさぼ)るレベリング
薄暗い部屋の「ああああ(きみ)」は
無邪気な目ですがってる 嗚呼


ネットゲーム世界は今日も
隔離(かくり) 哀れ 蔓延(はびこ)る効率厨、々(ちゅう、ちゅう)
リアルの世界は明日も
僕抜きで機能して回る


増えていくのは形無い
数字 ナルシズム それに気づけないで
薄暗い部屋の「ああああ(きみ)」は
ギルド1番の誇り高き戦士


ジジイにとっては、正直なところ全く訳のわからぬ歌詞である。 しかし、引きこもり状態になっていてゲーム三昧で、ゲームの中ではギルド1番の誇り高き戦士 であるが、現実の世界では何の貢献もできぬ孤独な(僕抜きで機能して回る )若者の、叫びだしたくなる精神的な苦しみや痛みを歌っているのでないかと想像する。 

いつの時代でも、若者は荒野に裸で放り出された狼のようなものである。生き残っていくためには、闘って食料を得ねばならない。不安、緊張、恐怖、それらに打ち勝つための己の能力や技術にたいする劣等感で苦しみながら、慎重に日々狩りを続けねばならない。 それに、耐えねば未来はない。耐えうる若者はよいが、そうでない若者も多い。 

今の時代には、若者の輝かしい未来を想像できにくいという事とともに、バーチャルなゲームの世界に逃げ込むという選択もある。 現実の世界では、意に染まぬコミュニティーから逃げて、自分が生き続けられるような別のコミュニティーに移っても差し支えはない。本人の努力で、その中で生き続ける(仕事を続ける)ことができれば十分である。 

しかし、バーチャルな世界に逃げ込むのは大きな陥穽がある。 オンラインケームでは、チームを作って、怪獣や敵のチームを倒して、経験値を高め、装備や魔法等もアイテムをゲットしてさらに強くなり、より強大な敵と闘う。 その繰り返しである。 夢中になるように作られている。 でも、ゲームでの仲間は、いくらチャットで交流を深めても、サイバー空間上のいつでもリセットできる仲間でしかない。 この電脳世界で膨大な時間と電子マネーを使い、1番の勇者になったとしても、それで友情や冒険を疑似体験できた(錯覚)としても、それはパソコン上の記録、数字だけの成果でしかない。 全くそれでしかない。 なのに、それが誇りであり生きがいになっている。 現実世界では、本人には何の意味もなく、人生に膨大なロスタイムを与えたにすぎぬ。 そして、現実世界の敗残者になる。  

しかし、ネトゲ廃人はそれがわかっていながら、抜け出せないのだろう。 

どうすればいいのだろうね。 成人の場合は、自滅する前に心から飽きてしまうのが唯一の解決策のように思う。

この世界の有名人にネトゲ廃人カズヤ がいます。 古いデータのようですが、彼のネトゲに費やした時間です。 2595日です。 全く寝ないで7年間以上、62296時間です。 期間は10年間。 


   


ネトゲ廃人カズヤ(ねとげはいじんかずや)
FF11が原因で現実社会に戻れなくなってしまった者である。

その方の滑稽で悲惨な一日が、ここ ネトゲ廃人の朝は早い  にあります。

こんな風になりたくなければ、オンラインゲームもほどほどにせねばならない。 ここでも強調しておきたい。 


なんとか、立ち直った方のブログの記事から。(そのサイトは引用しない)

ネトゲ廃人だった頃の生活

自分は元々数年間ネトゲ廃人だった。
ボトラーとかオムツァーとかその類ではなかったがまぁそれなりに廃人だった。 朝起きる→露店放置する→仕事→飯風呂→明け方までネトゲ。 仕事以外はネトゲみたいな生活だった。 まさに『ネトゲが現実。リアルは出稼ぎ』というどこかの声優が言っていた生活をしていた。 睡眠不足での仕事は眠眠打破とブラックコーヒーで誤魔化しネトゲ三昧。 ちなみに今はネトゲは辞めている。

ネトゲを始めた理由
チャットがしたかった、ただそんだけ。 付き合いの古い友人がネトゲネタをブログで喋ってたのでやってみっかと始めた。

■■そしてハマる
色々ネトゲはしてきたが長いもので5年、次に3年続いた。 課金も廃課金と言わずもそれなりに。 3年続いたゲームは月額3000円+ガチャなゲームだったから総額は言わずもがな。 それによく電器店などで売られているパッケージ代も含めたら…なお値段だ。 一時は2PC操作なるものもやっていた。

まさに仕事以外これ。 ネトゲ廃人シュプレヒコールまんまの生活をしていた。

目が覚める
病気して、会社休職して(その後復職したがクビになった)人との付き合いも億劫になり ネトゲからも自然と離れていった。 ある日突然思い立ったようにキャラ全消ししてみた。妙にすっきりした。 もうネトゲはやらないと思う。

よかったですね。

しかしだ。判断力に欠ける子供たちがネトゲにはまってしまえば、恐ろしいことになる。 これは、孫を持つジジイにとっても恐怖である。 そうならない様にするのは、どうすれば良いのだろう。 

悲惨な実例を見せるしかないのだろうか。 いつものセリフだが、わからない。 
年を取りある程度経験を積んできても、世の名にはわからない事が多すぎる。 

ネトゲ廃人検索をしながら、それらの記事を読んで思いつくままに書き進めてきたが、気分は滅入る一方である。これでは、ブログ書きの意味がない。ということで、今回はこれでおわる。

ごきげんはよくないが、ごきげんよう。 

次回からは、楽しいことを書く。 

静かなるドン

 


若い頃行きつけの喫茶店で、コーヒーを飲みながら週刊漫画本を読むのが楽しみだった。 
金のかからぬ唯一の娯楽ですね。色んな漫画雑誌を読んだのだが、その中の『週刊漫画サンデー』で連載されていた、ヤクザギャグ漫画の静かなるドンは、お気に入りの漫画の一つだった。 コミカルでありながら、シビアな任侠の世界が描かれている。主人公の近藤静也がドジでお調子者ではあるが、男気のあるヤクザの総長を演じるわけです。ヒロインの秋野明美 とのラブアフェアーが絡んできて、泣かせどころも満載です。脇役の生倉新八なんかも臆病かつ小心者に描かれていて、笑わされる。 

 
『静かなるドン』  
 そして、近藤静也は最終的にはヤクザ組織の解体を望んでいるのだ。


もう10年以上前から、漫画を読みに喫茶店に入ることはなくなっていた。 そんな暇が無くなってしまったからでもあるが、週刊誌や漫画本を置いている喫茶店が、スターバックスドトールなどのチェーン店に押されて、つぎつぎ廃業して消えていったからでもある。

それで、何年か前(2012年以前)に昔ながらの喫茶店に入り、 週刊漫画サンデー を開くと、
以前とかわらず、静かなるドン が連載されていたのである。 主人公の近藤静也は、下着会社のデザイナーであり、ヤクザの総長でもあったダブルフェースである。 組と組やマフィアとの抗争話は相変わらずで、よく続いたものだと感心した。 

その時は、こち亀なみの長期連載だなと思っていただけだが、先日BOOK-OFFに行ったとき、1冊108円で棚にズラーと並んでいた。 それで一番新しいのが第98巻で、それを買ってきたのだ。 
 


結構面白く読んだ。 2011年の単行本だが、小道具としてケータイとかの電子機器は一切出てこない。 かえって珍しい。 この巻では、話はまだまだ続きそうであった。それで、現在この漫画はどうなっているか気になって調べてみたのである。 その報告が今回の記事の目的である。

Wikipedia の記事:

静かなるドン

新田たつおによる日本の漫画作品。1988年(昭和63年)の11月15日号より2013年1月8日号(1号)まで『週刊漫画サンデー』(実業之日本社)にて連載された。
長寿の人気漫画であり、週刊連載1000回達成、累計発行部数は4400万部を突破した。

とあるので、昨年一応連載は終了したわけですね。 24年間連載です。 全く知りませんでした。 
これが、最終話掲載の『週刊漫画サンデー』です。


 その星は永遠に輝く わけです。

 

 単行本第1巻と最終第108巻の表紙です。  

 
静かなるドン 第1巻-電子書籍
 
 全巻の表紙カバーは、ここ ブックライブ静かなるドン にあります。

TV化や映画にもなっています。 私も見たことはないが、香川照之近藤静也を演じた映画を記憶しています。 2009年には、再映画化されている。   Wiki-静かなるドン



作者の新田たつおは、この方です。私と同年配と思っていたが、年下でした。 
Wikiのよる彼のデータ。

新田 たつお(にった たつお、本名・島田好晴) 1953年(昭和28年)10月25日 -
 
日本漫画家大阪府出身。奈良芸術短期大学卒業。   
 
新田 たつお
本名島田好晴
生誕1953年10月25日(60歳)
大阪府
国籍日本の旗 日本
職業漫画家
活動期間1975年 -
ジャンルギャグ漫画、青年漫画
代表作『静かなるドン』
『ビッグマグナム 黒岩先生』
『こちら凡人組』
新田 たつお(にった たつお、本名・島田好晴。1953年(昭和28年)10月25日 - )は日本の漫画家。大阪府出身。奈良芸術短期大学卒業。

概略:
新田たつお」というペンネームは元々は友人の名前なのだが、「台所の鬼」の執筆でペンネームとして使用した際、そのままデビューを決めてしまったため、以降もその名を名乗っている。
高校在学時に『週刊少年サンデー』に掲載された「母と子の詩」でデビュー。
短大卒業後、中学校の美術教師を経て、漫画家となる。1975年に上京し、『週刊少年マガジン』に掲載された「台所の鬼」で再デビュー。
ビッグマグナム 黒岩先生』、『こちら凡人組』などのヒットを飛ばし、中でも1989年に連載を開始した『静かなるドン』はベストセラーとなり、映画化、テレビドラマ化、オリジナルビデオ化され、単行本も全108巻と長期連載の大作であった。

初期の作品の 『ビッグマグナム 黒岩先生』、『こちら凡人組』などは、毎週読んでいましたね。

ビッグマグナム 黒岩先生は、映画になり、主役の黒岩先生はやっさんです。

 
こちら凡人組は、サラリーマンの凡野平太郎が裏の顔を新宿の親分として活躍する漫画ですね。
その続編
その続編の続編
となりの凡人組 1巻 


作者の新田たつおは、この方です。

新連載の構想を明かした新田たつお氏 (C)ORICON NewS inc.

 
 2013年6月21日 『第42回日本漫画家協会賞』贈呈式に出席した際の写真です。実に若わかしい。

隊務スリップ という新作を発表しているそうです。 まだ読んでいません。 

 

近未来バトル漫画みたいですね。 また古本ショップで出会う機会があれば、是非読みたいものだ。

昔話とか関連マンガの感想なんかを書いて、もう少し続けたかったのだが、よいきりになったので、今回はこれでおしまい。 

雲の多い天気の悪い日が続いているせいか、インターネット接続が相変わらず極めて悪い。 画像の保存や文章の保存まで、途中で切られてしまう。 この記事を書く際に何度フリーズしたことか。 どういう事が原因なのであろうか? わからん。 果たして元にもどるのであろうか? わからん。 という訳で、繋がっている今のうちに記事をアップするのであった。  

ごきげんよくないが、ごきげんよう。


2014年9月4日木曜日

水木しげるの妖怪全集 2

2回目の記事です。

足まがり



この妖怪もWikipedia に掲載済なので、知る人ぞ知る妖怪といえる。 が、有名妖怪とまでは言えぬ。鳥取県境港で、妖怪検定が行われており、中級クラスの受験生にとっては必ず知っておかねばならない妖怪である。

足まがり 出典: Wikipedia
四国地方の香川県高松市や大川郡石田村(現・さぬき市)などに伝承される妖怪で、狐狸のたぐいという説が強いが、その姿は決して見ることはできない

「まがり」とは方言で「まとわりつく」の意。足にまとわりつき、通行人を転ばせることから足まがりと呼ばれるようになった。
人が道を歩いていると、いきなり綿のようなものを絡み付けてきて歩く邪魔をするといわれる。

という訳です。 水木しげるの挿絵によると、こんな風です。


 
この足まがりについては、狸が正体だという説が有力のようだ。


こんな狸だが、これは足まがりではないそうだ。 水木しげるロードのブロンズ像だが、狸妖怪の用心棒先生と呼ばれるやつだと思える。 確認はしていない。

名前がネックになって、登場する1971年のアニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』の第5話の再放送は、全国的に自粛扱いされてしまったそうである。 Handicapped Person に対するいらぬ配慮である。 


小豆洗い(あずきあらい)

こいつは、全国的に有名妖怪ですね。 Wikiによると、

小豆洗い 

小豆洗い(あずきあらい)または小豆とぎ(あずきとぎ)は、川で小豆を洗う音をたてるといわれる日本妖怪である。  
 
 
竹原春泉画『絵本百物語』より「小豆洗い
 
土地、土地により伝承が異なっている。
 
長野県松本市では、木を切り倒す音や赤ん坊の泣き声をたてたという。
群馬県邑楽郡邑楽町島根県では、人をさらうものといわれる。
茨城県佐渡島でいう小豆洗いは、法師姿で笑いながら小豆を洗っているという。
大分県では、川のほとりで「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら小豆を洗う。
 
という具合である。本来妖怪というのは、このような地方性をもつ。
 
小豆洗いの物語
 
江戸時代の奇談集『絵本百物語』にある「小豆あらい」によれば、越後国の高田の法華宗の寺にいた日顕(にちげん)という小僧は、体に障害を持っていたものの、物の数を数えるのが得意で、小豆の数を一合でも一升でも間違いなく言い当てた。
寺の和尚は小僧を可愛がり、いずれ住職を継がせようと考えていたが、それを妬んだ円海(えんかい)という悪僧がこの小僧を井戸に投げ込んで殺した。
以来、小僧の霊が夜な夜な雨戸に小豆を投げつけ、夕暮れ時には近くの川で小豆を洗って数を数えるようになった。
円海は後に死罪となり、その後は日顕の死んだ井戸で日顕と円海の霊が言い争う声が聞こえるようになったという。
 
水木しげるによる挿絵です。
 
 
 
水木しげるロードに設置されている「小豆洗い」のブロンズ像は、これです。
 
 
 
 
小豆洗計り(あずきはかり)
 
 
Wiki によると、
 
小豆はかり(あずきはかり)
江戸時代の怪談集『怪談老の杖』にある日本妖怪。姿は現さずに人家で小豆の音を立てる妖怪とされ、音のみの妖怪であることから、ポルターガイスト現象に類するものとの説もある
 

音のみの妖怪に姿があるのはおかしいが、これが水木画伯による小豆はかりです。



水木しげるロードに設置されている「小豆はかり」のブロンズ像は、これです。
   小豆はかりも現在はお金持ちである。


写真



 小豆はかりの物語

怪談老の杖』では、以下のように語られている。
その昔ある男が、麻布に住む友人の家に妖怪が出没するという話を聞いた。男は「ぜひ見たい」と言い、友人の家に泊まらせてもらった。
前述の特徴の通り部屋を静かにしていると、天井裏を踏み歩くような大きな音がし、続いてあの小豆をまくような音が聞こえてきた。
音は次第に大きくなり、挙句にはその音は、一斗(約18リットル)の小豆をまくかのような大きさになった。
やがて、天井裏ではなく家の外の庭から、下駄を鳴らす音や、水をまくような音がしてきた。
男はすかさず障子を開けたが、庭には誰の姿もなかったという。



小豆婆(あずきばばあ)


小豆婆(あずきばばあ)または小豆磨ぎ婆(あずきとぎばばあ)

宮城県から関東地方にかけて伝わる妖怪小豆洗いと同じように小豆をとぐ音をたてる老婆の妖怪で、地域によって伝承が異なる。小豆洗いの別種の妖怪ではなく、小豆洗いの正体を地域によっては婆として小豆婆と呼んだとする説もある


これが水木しげるよる小豆はかりです。

 

伝承は、小豆洗いとかぶるので略。 水木しげる筆ではありませんが、目ぼしい画像としては、こんなのがあります。

Kitaro083_08
小豆はかりと小豆ばばあ


  画像は、妖怪伝説の旅  より引用しました。



悪鬼


Wikipedia によると、

悪鬼

人間世界に悪をばらまくたちの総称。


    
節分の鬼、葛飾北斎『北斎漫画』
 
概略をのべると、
 
古来より日本では、さまざまな悪は悪鬼によって世にばらまかれるものとされていた。
中でも病気、特に流行病は悪鬼の仕業とされ、大規模な流行病が発生すると、人々は悪鬼の退散を祈った。
 
悪鬼を退散させる方法はさまざまである。
 
節分の日に豆をまいて悪鬼を払う。 (今でもやっている。)
 
地方独自の方法としては、つぎのようなものがある。
 
イワシの頭を豆殻に通し、唾をつけて焼き、裏戸に差す(栃木県芳賀郡逆川村
 
2月8日(旧暦で事始めの日)の夜に蕎麦を打ち、熊笹で作った八日塔(祭壇の一種)に乗せて家の裏に置く(同)
 
ネギと豆腐を熊笹に差して雨戸口に置き、籠を棒で屋根に上げる(同)
 
長い竹竿の先に籠を吊って立てる(静岡県磐田市

色んな風習があるものですね。 

これが水木しげるによる悪鬼の画像はなかなか見つからない。 仕方がないので手持ちの 
鬼太郎とゆく 妖怪道五十三次 やのまんブックス の十四番吉原 から引用する。
右隅の木の上にいる奴らです。



悪鬼の出現を許すまじと、見張っているのが水木ロードにある方相氏です。

金色の目が4つあり、頭に角が生えている鬼神だ。

イメージ 2

これで、5匹紹介したので今回はおしまい。 ごきげんよう。

鳥の発酵食品



以前 魚の発酵食品 についての記事を書いたので、 今回は哺乳類の発酵食品を紹介する。
前回の食品の臭気指数のベスト10の4位である、キビヤックである。これは、エスキモーが作る珍しい鳥を素材にした発酵食品です。

Wikipedia では、

キビヤック 
グリーンランドのカラーリット民族やカナダのイヌイット民族、アラスカ州のエスキモー民族が作る伝統的な漬物の一種、発酵食品である。海鳥(ウミスズメ類)をアザラシの中に詰めこみ、地中に長期間埋めて作る。



と説明されている。 美味だが、臭気は非常に強いとされている。


作り方を詳しく説明しよう。

エスキモー(正確には、カラーリット民族)の住むグリーンランド北部には、初夏になると日本のツバメを20cm位おおきくしたようなウミツバメの1種であるアパリアスが大量に飛来する。

ヒメウミスズメ

これを空中に差し上げた網ですくい取るように捕獲。翼を結わえて、数十羽から百羽くらいのアバりアス を内臓と肉を取り出したアザラシのお腹に詰め込み、アザラシの腸で作った丈夫な糸で縫い合わせる。

これを土に埋め、上から石の重しを載せて数か月間発酵させる。 土から取り出しものがこれです。
 

アザラシのお腹から、取り出したばかりのアパリアスです。

 


食べ方がまた凄まじい。
1)食べるときはアパリアスの尾羽を除去した後、総排出口(肛門)に口をつけて発酵して液状になった内臓をすする。
 
 もやしもんの樹教授ですね。内臓をすすっています。
 
2)肉も、皮を引き裂きながらそのまま食べる。歯で頭蓋骨を割り中身の脳味噌も食する。
 
 
3)液状になった内臓を調味料として焼いたアザラシの肉につけて食べることもある。
 
アザラシの肉
 
乳酸発酵も含まれているので、チーズとかヨーグルトに近い味がするそうだ。
 
この地域では、生野菜が不足するので、ビタミン欠乏になりやすい。このキビヤックには、発酵により生成されたビタミンが豊富に含まれるため、加熱調理で酸化・分解してしまった生肉中のビタミンを補う機能があるとされ、かつては極北地域において貴重なビタミン源の一つであった。
 
誕生日、クリスマス、結婚式や成人式などの祝宴の席でよく供される。
 
ということなので、現地では高価な食品なのでしょう。 
 
 
実際に羽根をむしって、食べている画像です。


キビヤック Kiviakの食べ方

物好きといわれそうだが、機会があれば一度食べてみたいと思っている。 
 
相変わらず、インターネットの接続が悪い。画像の保存に時間がかかって仕方がない。
困ったものだ、で今回はおしまい。 ごきげんよう。