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2017年6月28日水曜日

微分方程式講義 (2017年版) XII


第5章 連立微分方程式の初期値問題


5.1 初期値問題の解の存在と一意性

この節では、連立方程式系に対する解の存在一意性を論ずる。

考える微分方程式は、 非線形の 連立微分方等式 

(5.1)               y1' =  f1 (x, y1 , y2 ,   ・・・ , yn )

 
                        y2' =  f2 (x, y1 , y2 ,   ・・・ , yn )
                                      ・・・           ・・・
           ・・・  ・・・
                        yn' =  fn (x, y1 , y2 ,   ・・・ , yn )

である。  ここで、 f (x, y1 , y2 ,   ・・・ , yn ) (j =1, ・・・ , n)    は、

n+1 変数の関数である。

連立方程式 (5.1) に対する初期条件を 

(5.2)      y1(a) = b1 ,  y2(a) = b2 ,  ・・・ , yn (a) = bn 
 

とする。 初期値問題 (5.1), (5.2)   のベクトル表示を与えよう。 

y(y1y2,  ・・・ , yn )t  とし、 ベクトル y のノルム(長さ)を 

   || y || = √(y1² + y2²  + ・・・ +  yn² )


と定める。 b(b1b2,  ・・・ , bn )t  とし ベクトル値関数  f(x,y)

 f(x,y)  =  (f1 (x, y1 ,y2 ,   ・・・ , yn ),  f2 ((x, y1 ,y2 ,   ・・・ , yn ),

              ・・・ ・・・ , fn(x, y1 ,y2 ,   ・・・ , yn ) )t  


 とおく。 このとき、初期値問題 (5.1), (5.2)  は、

 (5.3)               y' f(x,y),    y(a) = b  


 と書くことが出来る。 ここで、 y'(y1',  y2',  ・・・ , yn')t  である。  

 (5.3) に関して  閉領域 D 

             D = {(x, y) : |x-a| ≦ r,  ||y - b || ≦ ρ}

により定義する。 f(x,y) は、上で連続と仮定する。 

このとき、 ある定数 M>0 が存在して


(5.4)                   || f(x,y) || ≦ M ,         (x,y) ∈

がいえる。 さらに、次のリプシッツ条件を与える。

(5.5)    ∃ L>0;    || f(x,y) - f(x,z)  || ≦ L|| y - z ||,     (x,y),  (x,z) ∈ D

さて、 y が 初期値問題 (5.1), (5.2)  、解であることと、 y 積分方程式

(5.6)               y(x) =  b +  [a,x] f(t,y(t)) dt ,    |x-a| ≦ r  


の解であるとは、同値であることを注意しておく。 単に積分をすればよいからである。

リプシッツ条件  (5.5) のもとで、初期値問題  (5.3) の解の存在と一意性の定理を

証明することができる。 


ルドルフ・リプシッツ (1832年5月14日-1903年10月7日)

ドイツの数学者。偏微分方程式論および数論において多くの業績を残した。


その前に、 リプシッツ条件  (5.5) がなければ、解の一意性は保証されない事を反例に

より示そう。 同時に無数の解が存在し得ることも示す。



この節の目的は、ピカールの逐次近似法 を用いて解の存在一意性の定理を証明すること

である。


エミール・ピカール(1856年7月24日 - 1941年12月11日)

フランスの数学者。パリ出身。ピカールの定理やピカールの逐次近似法等の証明で知られる。




定理 1  リプシッツ条件  (5.5) の下で、 初期値問題 

 (5.3)               y' f(x,y),    y(a) = b  

の解は、  r' = min { r,  ρ/M } として 区間 [a - r', a + r'] 上で

唯一つ存在する。 ここで M > 0 は (5.4) で与えた定数。


証明を与える前に ピカールの逐次近似法 を説明する。 

これは、 初期値問題 (5.3)  つまり 

積分方程式 (5.6)  の近似解を文字通り逐次的に構成する方法である。 

第0近似を  y0(x) ,   (適当にとればよい)

第1近似を  y1(x) = b +  [a,x] f(t, y0(t)) dt ,

第2近似を  y2(x) = b +  [a,x] f(t, y1(t)) dt ,

 ・・・ ・・・ ,

第n近似を  yn(x) = b +  [a,x] f(t, yn-1(t)) dt , 

により 近似列  { yn(x) }  を作り  yn(x) が x=a  を中心とする適当な閉区間 I 上で 

 y(x) に一様収束すれば その  y(x) は、その作り方から

             y(x) = b +  [a,x] f(t, y(t)) dt


をみたすので、 積分方程式 (5.6)  の解になる。 このような近似の仕方を、

ピカールの逐次近似法 という。


定理1の証明)  y0(x) = b  として、 I = [a - r', a + r']   とおく。 

I 上の 初期値問題(5.3) の逐次近似解  yn(x)  

(5.7)          yn(x) = b +  [a,x] f(t, yn-1(t)) dt ,   x ∈  I = [a - r', a + r']    

とおく。 まづ、定義された区間 [a - r, a + r]  を I に制限する事により、 

yn(x)  定義 (5.7) 有効になることを確かめよう。 

数学的帰納法を使ってこの事を示そう。 yn(x)  が区間

I = [a - r', a + r'] 上で定義されているとする。 つまり、 

(5.8)       || yn(x) - b || ≦  r' = min { r,  ρ/M } ≦ r

とする。 このとき  

(5.9)     || yn+1(x) - b || ≦  ||  [a,x] f(t, yn(t)) dt || ≦ | [a,x] ||f(t, yn(t)) || dt| 

                                            ≦  | [a,x] M dt| = M |x - a | ≦ Mr' ≦ M・ρ/M =  ρ,     x ∈  I

となるから、 yn+1(x)  区間 I = [a - r', a + r'] 上で定義される。 

さて、 リプシッツ条件  (5.5) より
 

 
(5.10)     || yn+1(x) - yn(x)  ||  ≦  ||  [a,x] [f(t, yn(t)) -  f(t, yn-1(t))] dt ||  

 

                    ≦  | [a,x] || f(t, yn(t)) -  f(t, yn-1(t)) || dt |

                                          ≦  | [a,x] L|| yn(t) -  yn-1(t) || dt |  =  L | [a,x] || yn(t) -  yn-1(t) || dt | 

を得る。 n=1 のとき、  

     || y2(x) - y1(x)  || =  || [a,x] [f(t, y1(t)) -  f(t, b)] dt ||   
      
                                        ≦  L | [a,x] [|| f(t, y1(t))|| +  || f(t, b) || ] dt |   L (2M |x-a|)  = LN |x - a |

ここで、 N=2M である。 n=2  として上の不等式を使うと、

          || y3(x) - y2(x)  ||    | [a,x] || f(t, y2(t))-  f(t, y1(t)) ||  dt |   L | [a,x] || y2(t)-  y1(t) ||  dt |

                                        ≦ | [a,x] LN |t - a | dt |   L² N (|x - a |²) /  2!
  
再び不等式 (5. 10) で n=3  として上の不等式を使って積分を計算すると、


  || y4(x) - y3(x)  ||    L | [a,x] || y3(t)-  y2(t))||  dt |

                                 ≦  | [a,x] L² N (|t - a |²) /  2! dt |   L³ N (|x - a |³) /  3!

が得られる。 この事を繰り返すと 
                                     

  (5.11)     || yn+1(x) - yn(x)  ||     Lⁿ N (|x - a |ⁿ) /  n!   Lⁿ N(r')ⁿ /  n!,    x ∈  I

が示される。 これは、 絶対値関数項の級数 


初期値問題 (5.3)  の区間 I 上の2つの解 y(x),  z(x)  があったとする。 このとき、 

リプシッツ条件  (5.5) により 

(5.13)     || y(x) - z(x)  ||  ≦  ||  [a,x] [f(t, y(t)) -  f(t, z(t))] dt ||  

                    ≦  L | [a,x] || y(t) -  z(t) || dt | ,      x ∈  I

もし、 a ≦ x ≦ a + r'   ならば、 (5.13) で 

| [a,x] || y(t) -  z(t) || dt | = [a,x] || y(t) -  z(t) || dt    となるから 2章6節 定理3 の 

グロンウォールの不等式 により、 c = 0,  φ(x)  = L として

(5.14)     || y(x) - z(x)  ||  ≦  0,      x ∈  [a, a+r']  

つまり、  y(x) = z(x),      ∀x ∈  [a, a+r']   となる。

 x ∈  [a-r', a]  の場合にも (5.14) と同様の不等式を(5.13) より導くことができる(確かめよ)。


従って、 y(x) = z(x),   ∀x ∈ I  となり 解の一意性が示された。  (証明終) 
  



カール・テオドル・ヴィルヘルム・ワイエルシュトラス(1815年10月31日 – 1897年2月19日)

ドイツの数学者。解析学の基礎分野で多大の貢献を為した。



解の存在区間

必ずしも解は考えられている区間全体で存在するとは限らない。 

次のような場合が起こりうる。 



この事を具体的な微分方程式で見ていこう。



実は、定理1において、リプシッツ条件  (5.5) は、解の存在のためには不要である。 

つまり、次の コーシー・ペアノの定理 がなりたつ。



定理 2  初期値問題 

 (5.3)               y' f(x,y),    y(a) = b  

の解は、  r' = min { r,  ρ/M } として 区間 [a - r', a + r'] 上で

少なくとも一つ存在する。 


定理2 の証明は、コーシーの折れ線法 を使うが、関数族の一様有界性同程度連続性 

という概念も使うので、 議論が高度になり、本講義では省略する。





ジュゼッペ・ペアノ(1858年8月27日– 1932年4月20日)

イタリアの数学者。トリノ大学教授。自然数の公理系 (ペアノの公理)、ペアノ曲線の考案者として知られる。
  

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